第76話

「まさかこれほどの動きができるとは!

 まだ一歳児であろうに、信じられぬ。

 純血種の虎獣人族でも、これほどの動きはできんぞ。

 いや、成人の近衛騎士でもこれほどの動きは無理だ。

 まあ、技も何もない、子供の動きではあるが……」


 アレサンドは本気で驚いていた。

 乳幼児期の、特に完全獣人形態での成長が早い虎獣人でも、ベンの成長は驚くべき早さだった。

 いや、身体の成長自体は純血種よりも遅いくらいだが、身のこなしの早さと力強さは、驚異的なモノがあった。


 それだけでも他の皇子達とは比較にならない戦闘力なのに、更に間断なく魔法攻撃を仕掛けてくるのだ。

 しかもその魔法攻撃が、過去アレサンドが受けたことのない激烈な破壊力を秘めていたのだから、驚愕するしかなかった。

 アレサンドも皇帝である。

 身を護る魔法具に無頓着と言うわけではない。


 魔法防御を展開する魔道具を選定するのに、皇国魔術師団員にありとあらゆる魔術を発動させて、身につける魔道具の防御力を検証している。

 その時に魔術師団長をはじめとした、皇国魔術師団でも有数の魔術師による魔術をみているのだ。

 その魔術など足元にも及ばない、激烈な破壊力を秘めた魔術を、まだ一歳児のベンが間断なく放ってくるのだ。


「これは、確かに、善悪を理解する前に人を殺しかねない力だな。

 こんな力を野放しにできないというのはよく分かった。

 しかし、これだけの力があるのなら、誰憚る事なく皇太子に立てる事ができる。

 いや、ベンだけではなく、リドルも魔力があるかもしれん。

 もう直ぐ生まれる子供も魔力の才能があるかもしれない。

 これは早急に新たな育て方を考えなければならぬな」


 アレサンドは狂喜乱舞するほどの喜びを感じていた。

 別にベンやリドルに特別な愛情を感じている訳ではない。

 もちろん強い後継者が育つかもしれない喜びはあった。

 だがそんな喜びはささいなものだった。

 アレサンドが心から喜びを感じたのは、愛するつがい、カチュアが喜ぶからだ。


 特に皇位に執着していないカチュアだが、それでも、子供が皇帝位を継ぐことになれば喜ぶだろうと、アレサンドは考えていた。

 同時に、カチュアが恐れている事は、早急に取り除いてやらなければいけないと考え、望みどおりにしてあげたいと考えた。


「うむ、これならば仕方ないだろう。

 カチュアが創り出した魔晶石を貸し与える事を許す。

 だができれば発動できる魔術は防御と回復に限って欲しいな。

 万が一何者かに奪われる事があっても、カチュアを傷つけることがないようにな」

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