第75話

「まあ、随分とすばしっこくなったのね。

 このままでは、レオだけでは抑えられなくなってしまうわ」


 カチュアは困惑していた。

 ベンが急速に強くなっていたのだ。

 誰が教えたわけでもないのに、ベンは魔力を自分の身体能力向上に使いだした。

 本能のなせるわざなのか、負けず嫌いの賜物なのか、理由は誰にも分からない。

 だが早く強くなっているのは間違いない。


 急激に早く強くなった力の加減を間違えれば、ベンは悪気なくレオや近習を傷つけ殺してしまうかもしれない。

 カチュアはそれを著しく恐れた。

 カチュアはベンを人殺しになどしたくなかった。

 だから極力側にいるようにしたが、四六時中一瞬の油断もなく側にいるのは無理なので、抑え役に力を貸すことにした。


 カチュアが無条件に信頼し、恐れ疑う事なく力を貸し与えられる相手など、数が限られてしまう。

 女性魔術師団員達や侍女女官達から注意を受けているので、強大な力を持つ魔晶石をアレサンド以外に渡さないようにしていた。

 だがベンを人殺しにしないためなら仕方がない。

 カチュアは後宮総取締のマリアムと皇帝アレサンドに許可をとろうとた。


「ベンがそれほど強くなったと言うのか?

 いくらカチュアの話でも、直接見なければ信じられない。

 朕が直々に相手をしてやる。

 本気でかかってこい」


 許可をとろうとしたカチュアの話を、アレサンドは信じられなかった。

 ベンに魔力があり、魔術を覚え始めているとは、カチュアからもマリアムからも聞いていたが、その魔力を使って身体能力を向上させたというのが信じられなかった。

 過去の戦いで、いく人もの身体強化を使いこなす敵と戦い、斃してきた。

 そんなアレサンドには、カチュアとマリアムが話す身体強化の度合いが、現実離れして大げさすぎたのだ。


 だがカチュアとマリアムの話を頭から否定する事もできなかった。

 心から愛するつがいのカチュアと、ずっと護り育んでくれた乳母のマリアムの言葉を、確認もせずに否定などできなかった。

 だから直接自分の眼と身体で確かめることにした。

 そんなアレサンドに、カチュアは更に提案する。


「ではアレサンド。

 この護りの魔晶石を身につけてください。

 万が一の事があってはいけません。

 この魔晶石には防御魔法の魔法陣が刻み込んでいます。

 すでに多くの護りを身につけていると思いますが、これが私の想いです。

 身につけてくれますね?」


 マリアムの献策だった。

 戦いの場では万全を期すアレサンドだが、魔力魔術に対する正確な知識が少々欠けており、それが油断になって思わぬ不覚をとるかもしれないと、マリアムとエリックは心配していたのだ。


 だが無暗に護りを増やせと言うと、アレサンドが反発して身につけないかもしれないと、マリアムとエリックは心配していたのだ。

 だから、つがいのカチュアにプレゼントとして渡してもらったのだ。

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