第70話

「ママ、楽しい!」


「あら、あら、あら。

 やり過ぎてはいけませんよ」


「分かった」


 カチュアの願いは許可され、後宮の広さに限って地下練習場を作る権利を得た。

 井戸や上水下水に悪影響を与えないように、まずは階段を創る。

 階段を安全な深さにまで創り出してから、今度は横に強力な岩盤を創る。

 後宮に悪影響を与えないように、厚く強固な岩盤を創り出す。


 運動大好きなベン皇子は、最初何の興味も示さず、いつも通りの魔術訓練と、いつも通りの体術訓練を行っていた。

 だが、カチュアがどんどん階段を深くしていくのを見て、だんだん興味が引かれたようで、一緒に階段を創り始めた。


 最初は壊したり雑だったりしたが、カチュアはたしなめることなく、壊したところは創り直し、雑な所は丁寧に仕上がる。

 なかにはそれが嫌になって止める者もいるだろうが、ベンは逆に意地になった。

 自分が汚くしか作れない所を、母親が奇麗に美しく仕上げている。

 それがベンの負けん気を大きく刺激した。


 ベンは夢中になって奇麗に階段を創ろうとした。

 最初に滑らかな仕上がりを心掛けていたカチュアを真似て、同じように滑らかに仕上げようと、細心の注意を払って魔力を使うようになった。

 魔力の細やかなコントロールは、限られた魔力で戦う魔術師とにとっては、生死を分けるほどの重大な能力だった。


 だがカチュアは、ベンのために魔術訓練だけに集中しなかった。

 食事をとり休息をとり、側近の混血虎獣人族の子供達と運動する時間も作った。

 一旦激しく遊びだすと、ベンは階段作りの事など忘れて、夢中で激しく争う。

 ケンカというわけではないが、順位付けの争いは獣人族の本能だ。

 これは混血にもある、というか、人間にも順位付けの本能はあった。


 更にここにレオの誘導がある。

 レオがベンを越える力を発揮して、ベンがヘトヘトに疲れるまで誘導するのだ。

 ギリギリ追いつけるか追いつけないのかの所で、ベンから逃げるのだ。

 そのため常に限界一杯にベンは能力を振り絞る。

 そのお陰で、ベンの能力は毎日格段に向上していた。


 悔しく思うベンは、魔術を使ってレオを攻撃しようとしたのだが、それはカチュアが絶対に許さなかった。

 ベンが魔術を使おうとするたびに、厳しくたしなめなれた。

 どのように素早く強い魔法を使おうとしても、カチュアに中和されてしまう。

 レオも素早く強くなっており、ベンの魔術を避ける事はできるのだが、カチュアは心配して魔術を発動させなかった。

 これがまたカチュアとベンのよい訓練になっていた。

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