第63話

「すまない、無理をさせてしまった。

 少し落ち着いたので政務に行ってくる」


「大丈夫です。

 気になされないでください。

 年に一度の事ですから」


 カチュアが妊娠した。

 カチュアの体質が変わったことで、アレサンドが落ち着いた。

 だが過去二度の状態とは違っていた。

 アレサンドが純血虎獣人族の発情に影響されないのだ。

 まったく影響されないわけではないが、積極的に愛を交わそうとしない。

 それよりは、ベン皇子やリドル皇子と触れ合う時間を作ろうとする。


 そのアレサンドの行動に、皇国の側近忠臣重臣は警戒した。

 アレサンドが人族の習性に引きずられてしまうと、元々の種族である虎獣人族に対する求心力を失ってしまうからだ。

 そんな側近忠臣重臣の心配をよそに、アレサンドは政務をキッチリと行いながらカチュアとベン皇子とリドル皇子にべったり寄り添おうとした。


「ダメですよ、アレサンド。

 全ての妻妾子供と触れ合ってください。

 家族に愛されない事ほど、辛く哀しい事はないのです。

 全ての妻妾や子供と公平に接してくださらなければ、もう二度と会いませんよ」


 アレサンドはカチュアにダメだしされていた。

 本気で真剣にダメだしされた事で、アレサンドは慌てた。

 カチュアの感覚では、外戚や実母の愚かな行いで孤独になっている皇子がいる。

 だが実際には、乳母や侍女が親身になって世話をしているから、アレサンド自身の子供の頃とそれほど違いがないので、アレサンドは全く気にしていなかったのだ。


 人族と虎獣人族の習性の差だ。

 普通なら支配者階級である虎獣人族の習性が優先される。

 だが、カチュアとアレサンドはつがいの呪縛でカチュアの方が強い。

 しかし、妊娠中は影響力が減弱するので、呪縛が軽くなる。

 それでも、アレサンドはカチュアの主張を認めて自分の行動を改めた。


 しかし、アレサンドは少しでも長くカチュアの側にいたかった。

 他の妻妾や子供達との時間を減らしたかった。

 だが、愛情に手抜きをすると、カチュアに怒られる可能性が高い事は予測できた。

 そこでマリアムとアンネと相談して、全ての妻妾と皇子を一カ所に集めて、効率的に触れ合えるようにした。


 ͡個を大切にする虎獣人族は、子育ても母子だけで行うことが多い。

 子供の父親であろうと、子供を護ろうと敵意を向ける母親もいる。

 そんな習性に逆らって、複数の母親と子供を一緒にしようとしたのだ。

 明らかに虎獣人族の習性を無視した新しいやり方だった。

 これが虎獣人族の未来にどういう影響を与えるのか、誰にも分らなかった。

 


 

 

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