第44話

「陛下、通行許可を求められますか?」


「いや、今回も隠密性の高い獣人族を派遣しよう。

 暗殺専門がいいな。

 王族だけを殺せるか?

 シャノン侯の事だから、すでにサヴィル王国には密偵を送り込んでいるのだろ」


 アレサンランド皇国皇帝アレサンドとシャノン侯爵エリックの会話は、ところどころ内容が省略されていた。

 通行許可を求めるというのは、連合皇国とサヴィル王国との間にある、二カ国の人族王国の事だった。

 サヴィル王国に攻め込むのに、通行許可を求めるのかという質問だった。


 だがアレサンドにはそんな気はなかった。

 大々的に軍を動員して侵攻すれば、多くの褒美を参戦者に与えなければいけない。

 だが、本来目立つことの許されない暗殺者には、領地ではなく金銭の褒美ですむ。

 コータウン王国に侵攻したサヴィル王国軍を撃退した戦士団は、比較的身分の低い者や、貴族家でも部屋住みの次男以下が多く、金銭や小領地を与えればすむ。


 アレサンドはこれ以上一族や譜代の有力貴族に力を持たせたくなかった。

 今の状態でも、大公国か王国へ、王国から大王国へ、大王国から皇国へと、虎獣人族を躍進させたアレサンドの邪魔をする者がいるのだ。

 一族や有力貴族の協力が不要だったとは言わないが、一番の功労者で立役者はアレサンドなのに、アレサンドが最も大切に思うカチュアをいつまでも敵視する。


 もうこれ以上邪魔するようなら、同じ虎獣人族であろうと、皇室の一族であろうと、最初の虎獣人族村からの譜代功臣家であろうと、族滅させる覚悟だった。

 それほどアレサンドは苛立っていた。

 その事を誰よりも理解していたのは、傅役としてアレサンドを幼い頃から育て上げた、シャノン侯爵エリック卿だった。

 そして後宮を支配する立場となった乳母のマリアムだった。


 二人はアレサンドに隔意を持つ一族と譜代功臣家に警告することにした。

 直接警告するのではなく、アレサンドが激怒しているという噂を流した。

 実は二人も、一族と譜代功臣家に苛立ちを感じていたのだ。

 働き以上の褒美を要求するモノ達に、怒りさえ感じていたのだ。

 二人も本質的には虎獣人族なのだ。

 自分の縄張りに他の虎獣人族が入り込むことに、怒りを感じ攻撃する本質なのだ。


 人種に近い部分が、傅役と乳母として、アレサンドに溢れんばかりの愛情と忠誠心をもたらしていた。

 同時に虎種の部分が、アレサンドを邪魔をする者達に怒りと攻撃性をもたらし、遂に最後の決断に至らせた。


「すでに送り込んだ密偵だけで、いつでもサヴィル王家を滅ぼせます。

 滅ぼしてからのサヴィル王国はカチュア皇妃陛下に差し上げなさいませ」


「構わないのか?

 一族や有力貴族が反対するのではないか?」


「反対するモノは族滅させればいいのです」

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