第39話

「オンギャア、オンギャア、オンギャア」


「お喜びください、陛下!

 男の子でございます。

 玉のような男の子でございます!」


「おお!

 でかしたぞ、カチュア!

 だがカチュアだ、カチュアは無事なのか?!

 人族の出産は命懸けと聞く!

 カチュアは大事ないのか?!」


「大丈夫でございます、陛下。

 万全を期して、人族の女治癒術師を控えさせております。

 何の心配もございません。

 カチュア様も皇子殿下もお元気でございますよ」


「そうか!

 ならば朕が入って構わんな!」


「お待ちくださいませ。

 出産直後で、カチュア様の髪は乱れ化粧もされておられません。

 そのような姿を、陛下にお見せしたくないのが女心でございます」


「構わぬ!

 朕はカチュアの容姿に惚れたのではない。

 カチュアは朕のつがいである。

 容姿など問題ない!

 入るぞ!」


 アレサンドは、出産直後で疲労困憊するカチュアの産室に入った。

 そして侍女が髪を直していた櫛をとりあげ、自らの手でカチュアの髪を整えた。

 その姿は、愛する相手の毛並みを整える虎のようだった。

 髪を整えると、大きな手で優しくカチュアを愛撫した。

 性的な意味ではなく、純粋に労わる思いの愛撫だった。


「陛下。

 カチュア様には皇子殿下に乳を与えていただかねばなりません」


「……やはりカチュアの手で育てると言うのか?」


「身勝手を申してすみません。

 ですが、誰かに自分の子供を任せたくはないのです。

 自分の手で育てたいのです。

 乳母を拒否しているわけではありません。

 私の及ばないところは手伝っていただきます。

 ただ、できるだけ私の乳で育てたいのです。

 たくさんたくさん抱きしめてあげたいのです」


 カチュアの心からの願いだった。

 実母ミレーナを、実父ルイスと極悪夫人ネーラに毒殺され、虐待されて育ったカチュアの、どうしても譲れられない、魂の願いだった。

 その事は、アレサンドにも理解できた。


 実の母よりも乳母の愛情の方が強く温かだったアレサンドには、多少の異論はあったが、カチュアの全てを調べ頭に叩き込み心に刻み込んだアレサンドだ。

 異論を口に出すような事はなかった。

 だから言いたい事も、カチュアが子供に乳をあげてから話し始めた。


「分かっているよ。

 私は乳母マリアムに溢れんばかりの愛情を注いでもらったが、全ての乳母が同じように愛情豊かではない事は理解している。

 だからカチュアが自分の手で子供を育てたいという気持ちを邪魔したりしないよ。

 でも、これだけは分かって欲しい。

 私が心からカチュアを大切に思い愛している事を。

 そして子供のためには、カチュアが健康で長生きしなければいけない事を。

 疲れる前に、任せられることは乳母や侍女に任せる事。

 特に夜はしっかり眠るのだよ」


「はい、絶対に長生きしてみせます。

 そのためにも、乳母と侍女に助けてもらいます」

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