第25話

「大公閣下。

 戴冠の下工作が整いました。

 吉日を選んで戴冠式を執り行いたいのですが、よろしいでしょうか?」


「カチュアの王妃戴冠を認めなければ、私は王に戴冠せん。

 カチュアのマクリンナット公爵位継承も認めよ。

 何度もそう言ったはずだ」


 これでもう何度目だろうか。

 ウィントン大公アレサンドの股肱之臣、シャノン侯爵エリック卿や、長年大公に仕えている側近忠臣は困っていた。

 リングストン王国は、前王家や貴族士族の圧政もあり、虎獣人族が支配者になろうと、公明正大な政治を行えば民は統治できた。

 近隣諸国もウィントン大公国の武力を恐れ、何も言ってこない。


 だが、ウィントン大公国内の有力貴族の幾人かがまだ反対していた。

 アレサンドの常識外れの自制心と、カチュアの純真無垢な心を知り、当初のように暗殺や排斥までは考えなくなった。

 だが、それでも、時と共にカチュアが人間の特性である悪逆非道の本能を見せるかもしれないと、常に警戒していた。


 つがいであるカチュアとの結婚を認めないなどとは、獣人族である以上、有力貴族でも公式に言える事ではない。

 だが、後継者の問題もある。

 虎獣人族と人間のハーフが次期大公、いや、次期国王になるのは認めがたい。

 そこで有力貴族達が捻り出した策が、正室は虎獣人族の貴族令嬢を迎え、カチュアは側室にするという妥協案だった。


 だがそのような妥協を、アレサンドが認めるはずもない。

 有力貴族達は、愚かにも誤解していた。

 アレサンドが常識外れの強靭な精神力を発揮し、つがいの呪縛の囚われない行動をしているのは、国のためでも貴族士族のためではないのだ。

 カチュアを幸せにしたい、カチュアの笑顔を見たいからなのだ。

 アレサンドの中に、排斥する貴族の名前と顔が深く刻みつけられられた。


「大公閣下。

 そろそろ妥協してくださいませんか?

 カチュア様との間にお生まれになる御子の事もお考え下さい。

 恐らくですが、カチュア様との御子は身体能力が劣ります。

 そのような御子が大公位や王位を継承しようとすれば、必ず内乱が起こり、最悪殺されてしまわれます。

 カチュア様にそのような哀しみを与えて宜しいのですか?

 ここは政略結婚と割り切ってください。

 もともと王侯貴族の結婚は政略でございます」


「分かっておる。

 だがそれではお飾りの王妃が可哀想すぎるではないか。

 政略結婚であろうと、普通は互いに愛そうと努力をする。

 愛し合えないにしても、子供を作って立派な後継者にするという、同じ目標やメリットがある。

 だが今回王妃になる者は、その可能性が全くないのだ。

 それはあまりに可哀想すぎる」

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