第15話

「私に子犬に負けたことを認めろというのか?!

 つがいの私よりも、子犬の方がカチュアの心を得ていると、認めろと言うのか?

 そんな事は認められん!

 私がカチュアのつがいだ!

 カチュアの一番は私でなくてはいかん!」


「いいえ、認めていただきます。

 大公の義務と責任、大公家の戦士団長を務められた胆力で、つがいの呪縛を克服していただかねばなりません。

 カチュア様の愛犬を殺し、カチュア様に憎まれ嫌われることに絶望し、カチュア様を殺し、つがいを自分の手で殺した絶望感で自殺するような事は、絶対にあってはなりません。

 全身全霊を込めて、つがいの呪縛に抗っていただきます。

 子犬を殺してカチュア様の一番を奪おうとするのではなく、子犬を超える愛情をカチュア様に注ぎ、カチュア様の一番になってください。 

 それこそが誇り高い虎獣人族の大公殿下に相応しいやり方です」


 マリアムの諌言は正しい。

 大公アレサンドがぐうの音も出ないくらい正論だった。

 だが正論が通るほど、つがいの呪縛は生易しいモノではない。

 本能に根差した、どうしようもない衝動だ。

 だからこそ別枠で法が設けられているのだ。

 倫理や道徳を超えた行動が、ある程度は認められているのだ。


 しかし大公アレサンドの胆力も、普通の獣人族とは別格だ。

 大公としての責任感も、歴代大公とは比較にならないくらい高潔だ。

 歯を食いしばり、唸り声をあげ、爪が肉を破り床に血が滴るほどの努力をして、現実を受け入れ衝動を抑え込んだ。

 誇り高くカチュアのつがいの座を手に入れると、何度も荒れ狂う心に刻みつけた。


「分かった。

 正々堂々と戦って見せる。

 相手が子犬であろうと、いや、子犬だからこそ、簡単に勝てる方法は選ばん。

 子犬を引き裂き喰う事は止める。

 カチュアに愛情を尽くし、子犬を超える愛情を与え、カチュアの心を癒し、カチュアの愛情を手に入れてみせる」


「それでこそ大公殿下です。

 では今からカチュア様と子犬を見に行きましょう。

 隠しの間からカチュア様と子犬を見ることができます。

『彼を知り己を知れば百戦殆からず 』

 と昔の軍略家も申しています。

 カチュア様と子犬の事をよく知らなければ、どのように愛情を注げばいいかもわかりません」


「それは人間の軍略家が言った言葉であろう。

 そのような言葉は不用だ。

 私は私のやり方で子犬を超える愛情をカチュアに注いで見せる。

 だが、まあ、なんだ。

 カチュアの姿を見るというのは賛成だ。

 早速行こうではないか」


「殿下には余計な事とは思いますが。

 相手は警戒心の強い犬でございます。

 能力の限りを尽くして、気配を消してください」


「そのようなことは言われなくても分かっておる。

 マリアムこそ悟られるなよ!」

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