第13話
「なんだ?
なにが起こった?!」
「カチュア様です。
カチュア様が魔術を使われました」
「きゅうぅぅん、わん!」
見る見る子犬が元気になっていった。
それは常識では考えられない事だった。
魔術の常識では、自分の身体の中にある栄養素を使ってしか身体を治せない。
食事が満足に取れておらず、体力の余裕がなければ自分の身体は治せないのだ。
伝説にある魔術なら、周囲にある魔素を取り込んで治せるという。
だが今はその魔術を使える者がいない。
大陸連合魔法学院には、その伝説の魔術の呪文や魔法陣の記録はあるが、魔法学院の優秀な魔術師でさえ、再現することができていない。
「カチュア様。
大丈夫ですか?」
「どうしたカチュア?!」
カチュアの顔色がとても悪くなっている。
それをマリアムとウィントン大公アレサンドが心配したのだ。
そして急いで助け起こそうとしたのだが。
「ウウウウウウ!
ワン!
ワン、ワン、ワン、ワン!
ウウウウウウ!」
カチュアの胸に抱かれ、庇われていた子犬が、激しく吼えた!
カチュアに近づくな!
カチュアを傷つけるモノは許さんと。
全身精霊を込めて威嚇していた!
「こいつは私に喧嘩を売ったな。
捻り潰してくれる!」
失敗だった!
つがいの呪縛が最悪の状態で現れてしまった。
そもそも大公は、つがいに愛され護られる子犬に、激しい嫉妬を覚えていた時だ。
その子犬に威嚇されれば、嫉妬が怒りに、怒りが殺意に変わるのは当然だった。
少なくともつがいなら当然の反応だった。
だがカチュアには大きなトラウマがあった。
地獄の日々の中で、唯一の救いに思われた子犬が、無残に殺されていたのだ。
報告書にも詳細に書かれるほど重大な事だった。
そのトラウマを、アレサンドは最悪の形で触れてしまったのだ。
「ああああああ!
ああああああああ!」
「駄目です!
それではカチュア様に憎まれてしまいます!」
「あ!」
勇猛果敢な虎獣人族が、その場で固まるほどの殺意の籠った絶叫。
視線だけで人を殺せそうな増悪の眼で、カチュアに睨まれたアレサンドは、自分が絶対に口にしてはいけない事を言ってしまった事を悟った。
マリアムの制止は完全に手遅れだった。
一度口にしてしまった事は、なかった事にはできない。
失われた信用信頼を取り戻すことは、並大抵の事ではない。
「アレサンド様。
一度席を外してください。
このままではつがいのカチュア様に憎まれたアレサンド様が、カチュア様を殺してしまい、アレサンド様が自害されてしまうかもしれません。
私が何とかおとりなししますので、それまでは後宮に近づかないでください。
そうしなければ取り返しのつかないことになります!」
アレサンドの心は、怒りと憎しみと殺意に加え、後悔と反省と不安と絶望が渦巻、大嵐になっていた。
胆力の塊と言われたアレサンドが、八つ当たりで侍女を殺しかねない状態だった。
それでも精神力を総動員して、他のつがいの呪縛に囚われたモノでは不可能な言葉をつぶやいて出て行った。
「後の事を頼む。
全て任す」
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