第12話

 ウィントン大公アレサンドの命令は絶対だった。

 有力貴族や共に戦った者は、アレサンドの優しさを知っている。

 漢気があるのも実戦経験で知っている。

 だが、普段接することのない下働きには分からない。

 彼らに伝わるのは噂だけだった。


 以前は確かに圧倒的な強さに加えて、優しい面も漢気も伝えられていた。

 だが今は違った。

 つがいが見つかった事、特にその相手が人間だったことが、面白可笑しく伝えられてしまっていた。

 そして彼らは、上役の前では絶対に口にしないが、呪縛の事を心配していた。


 そこになにがなんでも犬を探せという、おかしな命令が下ったのだ。

 彼らの心配は的中した、と、下働きの間で風のよう噂が広まった。

 更に獣人族では考えられない、非情な条件で子犬を集めろと命じられたのだ。

 集めることができなかった時、遅くなった時の罰に恐怖した。

 常識の外れた厳しい罰、死刑にされるかもしれないという噂が、下働きの間で一気に広まってしまった。


 そこに痩せ細り弱った小さな子犬が運ばれてきた。

 普通の時なら、このような状態の子犬が大公殿下に披露される事など絶対にない。

 子犬が死なないように、見苦しくないように、専門の調教師や獣医が治療し、健康を取り戻してから披露される。

 だが今回は、急いで最低限の検疫を終わらせ、死にかけの状態で披露された。


「まあ!

 なんて状態で殿下の前に連れてくるの!

 殿下の前で死んでしまったらどうするの!

 直ぐに餌を持ってきなさい!

 籠を開けるのです!」


 乳母マリアムは激怒して叱ってしまった。

 連れてきた侍女の責任ではないのだが、つい叱ってしまった。

 叱られた侍女は、下働きを厳しく叱責する。

 これがまた大公アレサンドとカチュアの悪い噂を広めることになるとは思わずに。


「きゅうぅぅん」


 弱々しく、今にも死にそうな状態で、子犬はよたよたと籠から出てきた。

 体力がなく、時に止まり、時にパタリと倒れてしまう。

 一瞬固まってしまっていたマリアムが、急ぎ助け起こそうとしたその時。


「ああああああ!

 ああああああああ!」


 カチュアが走ってきた。

 どこにこれほど素早く動ける力があったのか、信じられない速さで子犬を庇う。

 子犬がマリアムに害されないように、冷たい床に身を投げ出して倒れた状態で、しっかりと、でも優しく子犬を抱きしめた。

 マリアムが子犬を殴ろうとしても蹴ろうとしても、自分の身体で護るのだと、子犬を庇って抱くカチュアの背中が言っていた。


「きゅうぅぅん」


 子犬が弱く小さく鳴いて、ペロリとカチュアを舐めた。


「ああああああ!

 ああああああああ!」


 カチュアが、舌がなく満足に話せないのに、必死でなにか訴えている。

 その直後、カチュアの全身が黄金色に光り輝いた。

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