第2話

 私は一生懸命逃げ出そうとしました。

 必死でした。

 全力で逃げようとしたのです。

 ですが、全く駄目でした。

 公女として蝶よ花よと育てられた私が、騎士達から逃げきれるはずがないのです。

 直ぐに捕まってしまいそうでした。


 ですが、そうはなりませんでした。

 私は騎士達に捕まらなかったのです。

 私を捕まえようとした騎士に、翅蜥蜴のハクが治癒魔法を放ったのです。

 治癒魔法をかけられた騎士は、その場で一瞬茫然自失となりました。

 そして直ぐに私を庇って助けてくれたのです。


「カチュア公女様、お逃げください!

 ここは私が支えます!」


 全く訳が分かりません。

 ハクの治癒魔法を受けた騎士が、何故私を助けよとしてくれるのでしょうか?

 理由はまったく分かりませんが、今は逃げるだけです。

 私は必至で逃げました。

 振り返らずに、ただ真直ぐに逃げました。


「追え!

 逃がすな!

 アメリア女大公殿下のご意思に従うのだ!」


「やらせんぞ!

 あのような化け物の好き勝手にはさせん!」


 ハクが治癒魔法を放ってくれるたびに、私を逃がそうとする騎士が増えます。

 ですが、もう駄目です。

 ハクが私の腕の中でぐったりとしています。

 限界まで魔力を使ってくれたのでしょう。

 

「追え!

 こっちに逃げたぞ!

 あそこだ、あそこにいるぞ!」


 もう、駄目です。

 もう一歩も歩けません。

 足の皮がめくれてしまっています。

 筋肉が痙攣して私に激痛を与えます。

 倒れ込んでしまいそうなのを、誇りで立ち続けるので精一杯です。


 ごめんね、ハク。

 こんなになるまで頑張ってくれたのに。

 ごめんなさい、イスファン。

 義母上を裏切ってまで助けようとしてくれたのに。

 ごめんね、名も知らぬ騎士達。

 義母上に政治を任せて、名前すら憶えていませんでした。


 義母上……

 本当に私を喰らうためだけに育ててくれたのですか?

 全く愛情がなかったのですか?

 あの愛情は、牧夫が山羊や羊を大切にするのと同じだったのですか?

 同じだったのですね……


「もう逃げられませんぞ、カチュア公女様。

 アメリア女大公殿下の不老不死のため。

 この国の永遠の繁栄のため。

 貴き生贄になってもらいます」


「聞き捨てできない話だな。

 不老不死のための生贄だって?

 まさかそれは生血を啜り生肝を喰らうんじゃないだろうな?

 大陸共通の禁忌に、食人がある。

 国王であろうと皇帝であろうと、これだけは絶対に守らねばならん。

 女大公も当然守らねばならん。

 騎士である貴公らも知っているはずだぞ!」


「見て見ぬふりをすればいいモノを。

 そのような賢しい口をきいた以上、生きて返さん!」


「それはこっちのセリフだ!

 破戒騎士は死にさらせ!」


 不意に現れた騎士様が、私のために戦ってくださっています!

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