第6話

 そのまま気絶できていたら、まだ楽だっただろう。

 だが今まで苦しめてきた人々の呪いだったのか、気を失う事はできなかった。

 素早く最短距離で放たれたフィオナ嬢の右手が、サリバンノアの左ほほから顎にかけてザックリと切り裂いた。

 いや、皮膚と肉を切り裂くだけでなく、下顎を半ば引き千切った!


 サリバンノアの引き裂かれた左顔面から鮮血が飛ぶ。

 だが大きな血管は切れていないので、失血で楽に死ぬことはできそうにない。

 これが幼いフィオナ嬢が計算して行ったのなら恐ろしすぎる。

 サリバンノアの顔の左半分は皮がなく、引き裂かれた肉が丸見えで、半ば外れた下顎の骨が飛びだし、舌が丸見えの状態だった。

 サリバンノアが激痛に身をよじり両手で顔を覆って床をのたうち回ったので、ようやく惨状が見えなくなった。


 サリバンノアを地獄に落としたフィオナ嬢だったが、本人は何事もなかったかのようにペロリと血と肉片のついた自分の右手を舐めた。

 王太子の右腕を引き裂いた時と同じだが、それがフィオナ嬢の癖かもしれない。

 王太子とサリバンノアを血の海に沈めた惨劇は、一分もかからない短時間にやってのけられた。

 いや、一分どころか十数秒という短い間だった。

 少し離れた場所にいた側近貴族達も、フィオナ嬢を捕まえようとドタバタしていた近衛騎士達も、追い駆けっこに巻き込まれて右往左往していた宮廷貴族達も、その惨劇の気が付いたのは王太子の怒声と悲鳴を聞いてからだった。


 側近貴族達も近衛騎士達も宮廷貴族達も、皆一様に凍り付いたように固まっていたが、最初に悲鳴をあげて動き出したのは、フィオナ嬢の近くにいて生存本能を刺激された側近貴族達だった。


 だが全員が悲鳴をあげた訳でも逃げ出せた訳でもなかった。

 より深い恐怖に意識を失った者もいれば、凍り付いたように身体が固まったままの者もいた。

 だがそんな者の方が幸運だった。

 背中を見せて逃げ出した側近貴族にフィオナ嬢の本能が刺激されてしまったのだ!


 まんじりともせず、視線だけがフィオナ嬢に釘付けになっていたマキシミリアンは、その一部始終を見ていた。

 俊敏な魔獣の動きに慣れているはずのマキシミリアンの視線が、一瞬フィオナ嬢の姿を見失った。

 無意識に逃げ出した側近貴族に視線がいったが、いつの間にかそこにフィオナ嬢の姿があり、逃げ出した側近貴族に右パンチを繰り出していた。


 またしても信じられない光景がマキシミリアンの眼に映し出されていた。

 幼く短く弱弱しいく見えるフィオナ嬢の右手なのに、その手がふれた途端、側近貴族の服どころか皮膚も肉も引き裂かれえぐり取られ、青白い骨がむき出しになっていた。

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