十九

「ツッキー、わかった」

 翌日の教室。都月は利根川の机の側にいた。

「え、いや、ダメならダメって言ってくれていいんだ」

「んーでも、実は昨日、またマーヤが家に来たんだよね」

「え、また? まあ、マーヤは神出鬼没だからなあ」

 周囲をキョロキョロ見渡す。緑色の髪の毛は見えない。何故かほっとする。

「また天井裏にでも居るんじゃない?」

 利根川も笑いながら天井を向く。

「でさ、昨日マーヤが来て、『とにかくお願い』って言ってきたの。それだけなんだけどさ」

 正面に向き直り、やや表情を固くしながら言葉を続ける。

「実はね、以前から桜木さんとか岸島君とか都月くんの雰囲気見て、何か繋がりを感じたのよ。マーヤと」

「繋がり?」

「そう。何だか、自分だけ違うような、違うグループにいるような。疎外感ってほどでもないんだけどね」

「いや、そんな……」

 慌てて口を挟む。麻耶から(本当かどうか分からないが)利根川の心の内を聞いてから、なんだか「やりにくく」感じていたのは確かだが、それで俺の態度が変わったりして、距離を置かれた、って感じたのか。

「大丈夫。っていうか、なんだかね、もしマーヤが失敗しちゃったら、なんかこのみんな、ダメになっちゃうんじゃないかって、感じて」

「ああ、例のパラドックス? でも、あれは……」

「ううん、あれはもう解決してる。パラドックスは起こらない。けど、それとは別の意味で」

 都月とは目を合わせずに語り続ける利根川。

「岸島くんの図とか情報見て、もうこれ、現代のモノじゃないってはっきり解るの。そして、これが完成して、その派生技術が世に出たら……って考えると身震いするのよ。多分、岸島くんには『もっと先』が見えてるんだと思う。それに比べると私に理解出来るのは、『現代』に根ざしたほんの一部だけ、って感じだけど」

「そ、そうなのか。さすが利根川さん……」

 慌てて合いの手を入れるものの、どうもついていけない。

 そんな都月を「吹っ切るように」利根川は話を続けた。

「その『先』が見てみたい。岸島くんのサポートをして、是非とも。現代と未来をつなげたい。それが私の目標。マーヤの計画を成功させるのはその入口。もう、マーヤを助けるとかより、とにかく、やって、未来を見て、味わい尽くしてみたい。そう思ったの」

 都月は黙ってしまった。

 急に利根川がこちらを見て、ニコッとした。

「だから、協力する。大丈夫。都月くん、心配しないで」

 一瞬ホッとしたが、なんだか逆に不安になってきた。

 急に利根川が「遠く」感じたのだ。


「ツキツキツッキ〜ン、ありありがとがとババンボ→ン☆利根川智恵チエ智恵ちゃんさんが、また協力約束してくれて、どんどん進んで大驀進〜ケッチラ」

「いえいえ」

「さすが桜木……いやキッシー岸島? って、なにが! 誰が! ツッキーツキツキ都月く〜んをツキ動かしたのか!? それがと〜ても大変な大助かり〜♪」

 夕刻の商店街を、制服を着た緑色の髪の少女が側転しながらついてくる。

「わ、わかりましたから。普通に歩けないんスか?」

 早足で先を歩くも、側転のまま付いてくる。

「でもさ、なんか気疲れしちゃいますよ。みんなクラスメイトだけど、親友、ってほどじゃないし。それぞれに事情も感情もあるわけだし。そのスキマを突くみたいに、協力してもらった感じがして」

 なんだか気分とともに足が重く感じる。もともと体力にはあまり自信もない。が、いろんな人を変なことに巻き込んでしまって申し訳ない、という考えがずっとぐるぐる渦巻いている。

「けどさ、マーヤ。協力してもらうとしても、マーヤがあの超能力みたいな奴で直接協力させるほうが良かったんじゃないスか?」

「超能力?」

「えーと、ほら、戸田のフリをするとか、記憶をいじる様なこととか、そういうのやってくれたでしょ」

「あーあれ」

 麻耶がスックと都月の前に立ち、まっすぐ見つめてきた。

「せいぜいあの程度ケッチラよ。だいたい、あれ利根川チエ智恵チ〜エちゃんさんには効果無いし」

 そういえばそんな事言ってたな。

「なんで利根川さんには通じないんですか?」

「なんでって……ちょっと説明しにくいかな。要は、私と利根川智恵ちゃんとは遺伝子的な接点が皆無なの」

「遺伝子的な接点?」

「そう。ツッキーのクラスメイトに、たまたまっていうか、うーん、必然的にっていうか、キッシー岸島くんとか、ふっくと〜めさーんとか、桜木ちゃんさんとか、集まってるけど、ツッキー含めてこの四人は私と遺伝子的な接点が多めなの」

 遺伝子的な接点が多め? 何いってんだ?

「どういうことですか?」

「えーと」

 麻耶が立ち止まる。悩んでいるようだ。

「……うーん、ぶっちゃけ、私はみんなの遠い子孫、ってわけ」

「え!? 子孫!」

「そう。いろいろあって、実は今回のメンバーのうち、接点多めの四人がその、バイオリッドの元となったバイオロイドのシードを作るのに……いや、あんまりアレか。いやでも、そう、うーんケッチラ」

「言いたくなければ、言わなくてもいいっスよ。でもあれ、前にマーヤと話したとき、ターニャ……いやゲラソンって昔から教頭だったはず、って言ったときにマーヤ、人間の認知能力なんちゃら言ってませんでしたっけ? あれ、俺とかだけじゃなく、学校全員騙せてた、ってことですよね」

「そこなのよ。ゲラソンって、いわば雑種なのね。私と同種のバイオリッドなんだけど、バイオロイドのシードにも色々あって、ある程度の品質を確保したオリジナル系統のシードと、だいぶ後に技術が広がって『ヤミ』でバイオロイド合成していた人たちや売ってた一群があって。そのヤミのバイオリッドやシードはほとんど掃除したんだけど、一部残っちゃったケッチラよ。その中に、たまたま感応力が全人類、みたいなスーパーシードがあったりしたわけ。それと純粋種……人間とのハイブリッドで出来たバイオリッドが出てきたの。そのうち一体が、ゲラソンなのね」

「げげ、よくわからんけど、それ、最強じゃ……」

「うーん、どうだろう。その代わり、やっぱり色んな欠陥はあって、寿命が短いとか、知能の上限があるとか、特定の病気にかかりやすいとか。要はバランス悪いのよ。環境を選ぶ感じなのね。構造も不安定で管理も難しいケッチラよ」

 なるほど、うまくいかないもんだなあ。

「で、安定してバランスがいいシードから作ったバイオリッドがマーヤ達で、そのシードはこの四人から出来てると」

「まあそんなとこケッチラよ」

 しかし、この四人が先祖。麻耶の。で、利根川さんだけ違うってことか。

「そんで、あとはどうすりゃいいスか?」

「で、あとはトメさんとこの工場で作ってもらって〜ケッチラって」

「でも、福留さんとこも変なことに巻き込まれて大変だよなあ。次元位相云々の試作品なんて一個作ったからって、どうにも……」

「え、ツッキーつきつき、考えが、あっまいあっまい甘酸っぱいポンカンピ〜ん☆」

「え、だって、これで費用とか払うわけじゃないし……」

「だってツッキー、現代にないモノを作ったんだよ。これまで知られてなかったチョー先端知識で。で、これを他の分野に応用したら、どうなると思う? 例えば今回の装置の素材には、位相エネルギーが変動しつづける次元位相転移トンネル通っている間でも崩壊しないような強靭な特殊合金が使われてるケッチラよ」

「……あ、そうか。じゃ、福留さんの会社は」

「そう。今後、これまで誰も為し得なかったようなスゴワザ製品をガンガン作って、大大大大だいハンジョ〜ケッチラ!」

「じゃあ、福留さんとこの会社の株買っとけば、大儲けってこと?」

「え? いや、それあまり意味ないケッチラよ。ツッキーつきつき都月く〜んには」

「なんで?」

「あ! いや、そのう。いや、そんなことは。いやその」

 急に側転をやめて、普通にスタスタと歩き始める麻耶。

「んーと、でも、あれか。どうしよう」

「何隠してんの。またか。いつもこうだ」自分の表情が憮然となるのがわかる。

「ごめんケッチラ。でも」

 真顔の麻耶がこちらを向いた。

「こればっかりは、知らないほうが、楽しいざんすよ〜☆」

 麻耶は右手をカクカクと動かすと大きくジャンプし、視界から消えた。

 あわてて周囲を見回すと、住宅の屋根の上をひょいひょい緑色の髪の毛が移動し、そして一回転して消えた。

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