十四

「それ、面白そう! ゼヒ入らしてもらうわ!」

 スタバで白と茶色のものが抽象的に折り重なった山の底からストローで液体状のモノを啜る福留が目を輝かせている。

「ま、マジか。福留さん」

「彩っち」

「……彩っち」

「うふふ。こうしてると、恋人同士、って感じでしょ」

 返す言葉が見つからず、目の前にある地味な緑色のカップ、その中のつややかな茶色の液体に集中する。

「で、ふ……彩っち」

「なあに」

 やりにくい。

「いや、嫌なら断っていいから。マーヤの言うこと、本当なんだか何だかわからない。俺も半信半疑でやってるんだけど」

「え、でも、あれ、あの岸島くんからの注文なんだけど。あれもマーヤの仕事なんでしょ? あれは何だか本気っぽいのよ。さっきメールで会社の人からいろいろ聞かれて私にはよく分からなかったから利根川さんに振ったんだけど、とりあえずマジっぽいし。うちの会社の研究所でも私の紹介なら、ってんで、最優先でやってくれてるみたいだし」

「そうなんだ。助かるよ。ってか、マーヤが、か」

「えー、でも私は、ツッキーから頼まれたからやってんのよ」

 上目遣いに見つめてくる。うーん。なんだかヤバめの雰囲気が。

「い、いやそれでも、俺も助かるし、サンクス」

 甘くないコーヒーをすする。半分冷めかけている。

「そう、ツッキー、この後、どうする? 映画? カラオケ? それとも……うふふ、うふふ」

 体を揺らしながら、目をキラキラさせている。なんだかなあ。何を望んでるんだろう。

 ちょっと目の焦点を変えて、福留の頭の後ろに合わせる。あっ。

「あ、利根川さん」

 都月の言葉に福留の表情が固くなって後ろを振り向く。

 緑色のカップを持った利根川がこちらに気づいた。

 何だかちょっとホッとした。

「利根川さん、こっち」

 呼ばれて福留の隣にカップを置きそうになるが、ハッとした表情で二人を見た。

「あ、福留さん。なんだか、お邪魔みたいね」

 福留が一瞬目をつぶり、そして笑顔になる。冷たい笑顔だ。冷える。底冷えだ。

「あ〜ら利根川さん。奇遇ねえ。利根川さんも、デート?」

 げげえ。

「……いやちょっと、新しく買った本を読みたくて」

「じゃあ、お一人?」

「そう。おひとり」

 冷える。体も心も、メロンアイスのように、冷える。全身が緑色だ。しわしわだ。カチカチだ。心臓も、緑色だ。蓋も固くて開かない。食べられない。いつまでもメロンの匂いだけがする。

「あ、ああ、利根川さん。違うんだ」溶けるだろうか。

 キッと福留がこちらを睨む。

「ツッキー、じゃあね」

 心なしか寂しそうな雰囲気で、緑色のカップを持った利根川が奥の席へと去っていってしまった。

 まだ福留がこっちを見ている。

「えーと、利根川さんもこの作戦の協力者なので、あまり邪険に……」

「今日はデート。作戦のミーティングじゃないでしょ」

 拗ねたような顔。なんだかなあ、もう。

「はいはい。じゃあ、映画かな〜」

「映画! 実は久しぶりなんだよねー。何がいい? ねえ、何にしよう!?」

「そうだなあ。福……」

「彩っち」

「……彩っちって、どんな映画好きなの?」

「うーん。そうねえ。SFとか」

「SF……」

「なによー。意外? 似合わない?」

「いや、そんなことは。じゃあ、ちょっと探してみる」

 スマホで近所のシネコンを探す。上映メニューを探すが、SFで目ぼしいものはない。

「ちょっと今日はやってないなあ。どうする?」

「じゃあ、ジブリとか」

「じ、ジブリっすか」

 頭の中が「??」になりながら探す。ジブリ映画もやっていないようだ。

「うーん。じゃあ、家に来る?」

「えっ」

「いや、今日、両親居ないから」

「えええーっ!」

「なによーその顔」

「い、いや、じゃあ、みんな呼んで行きますか」

「なによー。怖くないわよ。取って食おうってんじゃないんだから」

 うっ、見透かされてんのか!?

「……そそ、と、利根川さんも一緒にどう、かな?」

「え、利根川さん? えー?」

 福留の顔が引きつる。そんな。そんなに嫌がらんでも。

「いや、マーヤの作戦の話もあるしさ、一緒にどうかな、って」

「えー、だから、今日は作戦じゃなくて、デ・ー・トの筈でしょ」

「あ、いや、でもさ、なんか切羽つまってるみたいなんだ、マーヤ。時間が迫ってるとかで」

「うーん」

 福留が、しばらく考え込む。

「……まあ、いいけど、その代わり」

 げっ、やばい。このパターンは、非常に、とても、かなり、やばい。

「明日、一日付き合って」

「う」

「そう。ダメ? 何か用事、ある?」

「あ、う、まあ、いいけど」

「いいじゃなーい、減るもんじゃなーーしーー」

「そう、わ、分かった」

「じゃあ、ツッキー、利根川さんを誘って来てよ」

「え、あ、まあ、そうしよう」

 慌てて周囲を見回す。利根川さん、どのあたりに居たかな……い、居た。

 既に空になったカップをテーブルに置いたまま、利根川のそばに向かう。

 利根川は眼の前のテーブルにカップを置き、ベージュのカバーが掛けられた本を熱心に読んでいる。

「利根川さん」

「……ああ、ツッキー」

 なんだか悲しげな、静かな表情だ。ほんとごめん。いや、なんでだ。

「ああ、利根川さん。いま、福留さんと話してたんだけどさ、一緒に福留さんの家に行かない?」

「え? 福留さんの? なんで?」利根川が眉をひそめる。

「え、いや、その、あのマーヤの作戦の話もあるし、それで、集まんないか、ってことになって」

「え、その話してたの? デートじゃなかったの?」

 利根川の目に冷たい光が宿り、かえって後ろ暗い気持ちになってくる。

「そ、そうなんだ。デートってのは、まあ冗談で」

「へー、ふーん」

 なおも疑いの表情を変えない利根川。

「あ、あと一人呼ぼう」この女子二人に挟まれるのは、ちょっときつい。

「あと一人? 作戦の話じゃなかったの?」

「あ、いや、その」

 しどろもどろだ。破綻している。

「そそ、そいつも作戦の一員なんだ」

「え、誰?」

 あー。もう限界だ。

「ご、ごめん。あと一人ってのは」

「ババンボン」

「うわ」

 ビクンとして後ろを振り向くと、緑色の髪の毛が目に飛び込む。

「マーヤ……」

「おーほほほほほーほケッチラ〜ん」

 大声を出しながらくるくると回っている。

 周囲の客も引いている。店員も作り笑いで引いている。俺も引いている。

「しかし、この店の飲み物は、まあ何というか、大変だわこりゃ」

 目を上下にグリグリと動かしながら、麻耶が喋る。

「これ一杯で、カロリーが、ぬあんと」

 店員の作り笑いもさらに引きつってくる。

「そう、そうそう、しかと話は聞かせてもらったじょ! 今日、ふっくと〜めさ〜んのところで、作戦のミーティング、や〜るんだってぇ〜?」

「なんで知ってるんスか」

「だって、ふっくと〜めさ〜んに聞いたから」

 福留のほうを見ると、何だか物凄く消耗した顔をしている。いったいどうしたんだ!

「……彼女に何をしたんスか」

「いや、別に、なんかとっても『健康にはちょっと』と思えるものを飲んでいたので、いろいろと集中的に御教授させていただきま〜してよケッチラ〜ん☆びよよ〜ん」

 いろいろ観念した。

 四人で福留の家――歩いて五分ほどのところにある豪邸に向かった。

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