十三
「ま、マーヤ、いったい!」
「おぱっほ〜ボヨンボヨン。いやーちょっと消耗したわ。何度もやるのは勘弁パンパンね☆」
「え、と、戸田は!?」
「戸田君? 今日は休みよ」
「え、でも、さっき」
「それ、私。ほほほ、バレなかったワンワンね〜ボンボン」
麻耶が都月の右手を握ったままぶんぶんと振り回す。
「い、いたた!」
「あーらあらあら純粋な種族は、脆弱ぜいじゃくババンばバ〜ン!」
「未来人力強すぎ!」
「未来人ていうか、バイオリッドだからケッチラ〜♪」
「はあ、そうですか。って、戸田の件」もう麻痺している。
「ああ、戸田くん。のフリしてたの。さっき」
「フリって」
「前に、ケッチラ言わないと不定形になっちゃうって言ったでしょ。それ使って、戸田くんに成りすませないかな〜って☆」
「ああ、不定形……ええっ! そんな風に自由に使えるんスか!」
「いや、実際には、出来ないの。前もちょっと実験したケッチラけど、うまく出来なくて。不定形になる寸前の状態でいったん固定しなおして、ってやるんだけど、とてもそんな細かく制御できないし、せいぜい誰でもない関心されない生徒の一人だな、みたいな、個性化されない汎用学生の形態にしか」
「ってちょっと難しい」
「つまり、マネキンみたいな。見る人によって、なんだかその場に『あって』も自然に見えるような見え方の」
「うーん」
「他の生徒には、戸田くんって意識されなかったけど、ツッキーには戸田くんを意識させるような波長を選んで」
「波長?」
「これは説明難しいわね。なんか、イメージが共有されるっていうか、共鳴するっていうか。この学校だと、ツッキーと桜木ちゃんさんと福留ババンボンと、あとキッシー岸島くらいにしか共鳴出来ないんだよね……」
こともなげに言うが、そんなマジックみたいなことをしょっちゅうやられたんでは堪ったもんじゃない。
「じゃあ、こないだも戸田のフリ?」
「こないだ? 戸田くんのフリしたの、今回が初めてケッチラよ」
ありゃ、そうだったか。やっぱり前のは、なんか麻耶が言ってた「人間の認知能力なんてテキトー」って奴だったのか。
「このメンバーがマーヤと共鳴するから協力者として選んだのか!」
「ああ、そうね。ただ、利根川智恵ちゃんさんは共鳴できないケッチラよ」
「そうなんスか。じゃあ、なんで利根川さんも選んで……」
「うーん、智恵ちゃんさんは、純粋に頭脳補佐、ね。キッシー岸島だけフル回転じゃ故障しちゃいそうだから、サブとして」
「さ、サブですか。それはちょっと……」
クラスメイトをそう言われて、ちょっと嫌な気分になる。
「でも、まあ、うーん、現状たとその感じケッチラよね」
「でもキッシーは模試でいい成績だったけど、まだ利根川さんのほうが」
「んー、もう、キッシーの頭脳は別次元になってるケッチラよ」
「別次元……」
いわれてみれば、それまで勉強に縁が無さそうだった岸島は、図書室での一件以来のあの短期間で、ずっとトップを走り続けていた利根川さんに追いすがったのだ。それからまた日が経っている。今では彼女も追い越して、凄いことになってるのか。
「……マーヤ」
都月の顔が急に真剣になる。
「ナンナンポポポポぼよんケッチラ?」
「キッシーに、何か『やった』のか?」
しばらく言葉が止まった。
「……えーとケッチラ」
また言葉が止まる。
「ひょっとして、マーヤ、まだ何か隠してる?」
「ん、んー」
「隠されてると、こっちもあまり、協力出来ないかも、なんて」
「ん、んー」
麻耶の顔が固まる。
ちょっと困らせてしまったか。
「……ツッキーわかったババンボ〜ン。キッシーの件は、またちゃんと話す。長くなるから、今はちょっと」
「え」
「今はちょっと」
麻耶の真剣な目がじっと都月を射る。
都月は、それ以上追求できなかった。
「そうそう、ゲラソンの件」麻耶が口を開く。
忘れてた。教頭のターニャだ。テロリストの。
「なんだか、ちょっとこっち、怪しまれてるっていうか」
「えっ、バレてるんすか。マーヤのこと」
「わかんない。でも、ちょっと」
「ちょっと」
「やっぱ、じゃんじゃんケッチラ派手に動きまくり〜んヴァヴァンポーンのせいボヨンね?」
そりゃあそのとおりだろう。
「で、ちょっとそろそろ捕獲しないと、って感じなんだけど、装置がまだなんだよね……」
「装置?」
「そう。今、キッシー岸島にアメリカで開発してもらってる、次元位相転移装置」
「じ、次元位相……」
「ターニャを捕まえて、それで元の時代と場所に送り届けないとならない」
「そんなの、簡単に出来るんですか?」
「もちろん難しいわ。でも」
「でも」
「キッシー岸島が作るのよ」
「え? マジで!?」
「そう。そのために……いや」
言葉を濁す麻耶。
「そ、そのために。そのために、キッシーを……!」
「い、いや、そのうケッチラ」
「やっぱ、今教えてもらいたい。マーヤ、キッシーに、何やったんですか」
「んーと、ちょっとここでは」
「じゃあ、えーと、うーん、保健室に行きましょう」
麻耶の手を引いて階段に向かう。
気が向かないような表情の麻耶が、都月に引きずられるようにして階段をおりていった。
「さあ、マーヤ、教えてください!」
「ぬーケッチラ。ちょっと、まあ、いろいろ問題あるけど……仕方ないわね」
保健室の椅子に掛けた麻耶が、ベッド端に座る都月をじっと見つめていた。
「岸島キッシーにね、やった、っていうか、偶然っていうか」
「偶然?」
「そう。うーん、前に、キッシー岸島が、ズブ濡れになったこと、あったでしょ」
「ズブ濡れ?」
ああ、そういえば。前にキッシーが体育館の屋根の上でタバコを吸っていて、突然のにわか雨でズブ濡れになっていたのを思い出した。
「そうそう、あれ。タバコ、ね。あの点熱源が、私がココに来る次元誘導線のちょうど真上にあったから、分子が一気に引き千切れケッチラの。その時にカレンバリアント圧縮した水分子が逆旋回で解放されて……」
「……端的にお願いします」
「えーと、その時に、すぐ側にいたキッシー岸島くんの脳細胞に微妙な影響があって。というか、制限の解除が起こってしまったみたいで」
「脳細胞に?」
「そう。こう、ブレーキが一部ゆるくなったっていうか……」
「壊したんですか! キッシーの脳を!」
「え、いや、壊れたんじゃなく、もともとの能力を解放っていうか、たまたまっていうか、事故っていうか……ゴメンナサイ」
しょげた顔の麻耶を見て、何故か責める気をなくした。わざとではないようだ。変な事故ではあるが。キッシーは「別人になった」というより、もともとあった能力のリミッターが解除されて「超人になった」という感じだろうか。
「いや、何ていうか……」
「驚いたでしょうケッチラ。でも、これ、運命というか、そうなることになっていたというか」
「そうなることに? っていうか極端な話、マーヤのタスク処理のためにキッシーはとばっちりであんな風になったんじゃないんですか」
「えーと、うーん。実はね。キッシー岸島くんは、その後の地球ベースの人類文明の発展に重要な役割を果たしてて」
「文明発展に?」
「そう。未来に、ってことだけどね」
「未来って。でも、未来のことなんか、どうでもいいじゃないですか。未来のために、キッシーがヘンになってもいい、なんてのは」
「ごめん。ていうか、そうよね。でも、これも、大きな歴史の一部なの」
「歴史っていっても」
「うーん、例えば、キッシー岸島くんがああじゃなかったら、ゲラソンは捕まらず、宇宙技術は発展せず、ワームホールも活用できず、バイオリッドも出来ず、そして、私も」
あ、そういうことか。キッシーが何かを発明したことで、文明が進み、宇宙で麻耶が生まれることが出来たんだ。でも、釈然としない。
「分かったような、分からないような。未来やマーヤにはメリットあるとしても、この時代の、例えば俺とかキッシーとかには、何のメリットも……」
「うーん、今ここで詳しく言うことは出来ないけど、あるのケッチラ」
「え、あるんですか」
「だって、みんな、未来に向かってあと数十年生きていくのよ。そして、その子供も、子供の子供も。もちろん、変化や波風にはデメリットもあるけど、総合的に見たら、変わって良かった、そういう未来に立ち会える、そういう未来への希望を胸に抱ける、ってこと」
そうか。そうだ。俺もこれから、あと何十年も生きるんだ。わかんないけど。福留さんも、岸島も、桜木さんも、利根川さんも。戸田も、定岡も。
「でも、そんな凄いことに、キッシーが関わるって本当なのか?」
「うん。一応、キッシー岸島くんは、ノーベル賞を取るのよ」
「の、ノーベル賞! 高校の同級生が、ノーベル賞!!」
「そう。ノーベル物理学賞、化学賞、医学生理学賞、平和賞、あと数学のフィールズ賞を取るの」
「げげっ!」
「化学賞は二回、物理学賞は三回取るわ」
「ひぃ」
「その業績で、人類文明が『次の段階に入った』のよ。私が生まれたのも、ツッキー都月く〜ん☆の子供の病気が」
あっ、という表情をした。
「子供?」
「あ、ごめんケッチラ。いや、これは聞かなかったことに」
興味深いが、なんだか聞いてはいけないような雰囲気を感じ、深く突っ込むのはやめた。ひとまず話をそらす。
「で、それを作ってもらうにしても、肝心のターニャを捕まえる方法は?」
「それなんだけど」
麻耶がじっとこっちを見る。
「え、やっぱり?」
「そう。ツッキー、帽子掛け部に入らない?」
「え、帽子掛け部って、あの、戸田からさっき」
「そう。ってさっきの戸田トダ戸田っちくんは、私だから」
そういやそうだった。
「帽子掛け部を作ってもらいたいケッチラよ。それでターニャを顧問にして、行動パターンとかを調べようと思って」
「でも、それって俺じゃないとダメなんですか。もっと、他の奴は」
「ツッキーつきつき都月く〜んって、読書部長でしょ。読書部の顧問はターニャ。だから、話を出しやすいかと。あとターニャを探るにも、ちょっと私と波長が『通じる』人じゃないと、って感じで……とすると、助けてもらうのは」
「……その『波長』って何スかね、しかし」
麻耶はそれには曖昧な笑みを浮かべて誤魔化す。
「あと、ふっくとーめさーんにも協力してもらおうかなって」
「福留さん!」
脳裏にあの、ボス然とした肉食福留の顔が浮かぶ。
「そうよ。だからツッキー、ふっくとーめさーんを帽子掛け部に誘って欲しいんだ」
「いや、誘うのは構わないですが、入るかどうか、わからないですよ」
「いや、入るケッチラよ」
腰に両手を当てて、自信たっぷりに語る麻耶。
「だって、そのためにツッキーにお願いしたんだから」
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