十一

「おっは〜バンバンぼよぼよ→→ん☆ケッチラ」

「おわっ! マーヤ。なんですか、こんなところで」

「いいいいい〜じゃ〜んボンボボン」

 朝、家を出たところの路上で、麻耶が踊り狂っていた。

 そばを通る大人たちや通学する子どもたちが、高校の基準服で踊り狂う緑髪の麻耶に対して強い「見ていません」オーラを纏いつつ通り過ぎていく。

「ところでツッキー」

 急に真面目になる麻耶。

「キッシーに連絡とってくれて有難う」

「連絡って、あれ、桜木さんに頼まれたんだけど。なんでマーヤが?」

「い。いや、それはまた」

 麻耶がクルリと後ろを向き、じっと黙ってしまった。

「マーヤ」

「うーん、今日は体調悪いなあ。そう。保健室に行こうケッチラ」

 そう言うと、スキップとスクワットを交互にしながら学校の方へと去っていった。

 呆気に取られる。まあ、キッシーからマーヤについてのこと聞かれて答えたし、その流れでマーヤに伝わった……んだろう。もういいや。いろいろ考えるの、面倒だ。

 都月は学校へと向かって歩き出した。

「都月くん、おはよ〜さん、っと」

 後ろから声を掛けられた。

「ああ、利根川さん。お、おはよ〜」

「どうしたの? 今日、体調悪い?」

 利根川が都月の顔をちらりと見て、すぐに前を向いた。

 それを感じて都月はちょっとドキドキしていた。

 マーヤから余計なことを聞いてしまって、ヘンに意識してやり辛い……。

「そうそう、マーヤから連絡あって」利根川がスマホの画面を見せる。

「マーヤから?」

 出された画面を覗き込むと、そこにはなんだか読みにくいメッセージがあった。


〈都月ツッキーと協調し連絡を取り合い岸島キッシーからの情報を都月ツッキーに頼んで適切に福留リーダーに依頼する段取りをお願いしまくり〜ん☆〉


「都月くん、わかる? これ。なんか困ってるのかな、マーヤ」

「あ、ああ。なんか困ってるみたいなんだ。わかった。キッシーから何か情報来るってわけだ。それからだな」

「それから、って?」

「うーん。実は俺も全部知ってるわけじゃないんだけど」

 と言ってから、知ってる部分だけでもいったいどう説明すりゃいいのか、頭が煮えてくる。

「マーヤは、実は、未来から来たんだ」

 利根川が立ち止まって都月を見つめた。

「い、いや、なんていうか」

 慌ててとりなそうとする都月。

「ああ、未来ねミ・ラ・イ。どの位?」

 ニヤニヤしながらまた歩き始める利根川。

 ダメだ、ぜってーウソと思われてる。ぜってーダメだ。

「それが、よ、四百年……」

 利根川がまた立ち止まり、プフっと吹き出した。

「四百年って、二十五世紀ってこと?」

 まだ笑ってる。もうヤケだ。

「そう。らしい。それで、ワームホールにある工場の産業医をしてたんだけど」

「ワームホール……ああ、ブラックホールと対になってるって奴ね」

 一瞬、利根川の顔が素になるが、また笑い出す。

「で、そのワームホールの工場が、どうしたの?」

「いやごめん。確かに、自分でも何言ってんだか、よく分からなくて。でも、マーヤやっぱり普通じゃないだろ? でさ、全部本当かどうかは別にして、なんか凄い変なことで困ってる、ってのは本当ぽくて」

「まあ、そうみたいだね。いろいろ変だったりウザかったりだけど、悪い人、って感じはしないね。それに」

 利根川が、じっと都月のほうを見る。

「都月くんがそう言うんなら、私も信じるよ」

 なんだか変な気分だ。くっそ、ドキドキさせるじゃないか。目を合わせることも出来ない。

「……あ、ありがとう。けど、福留さんに、何を依頼するんだ?」

「それは、まだ。マーヤからも岸島君からも詳しい内容は来てないし」

 二人ともしばらく黙ったまま校門から入っていく。

「じゃあ、ちょっと図書室よってくわ」

「うん」

 二人で歩いているのが何となく気恥ずかしくなり、都月はさらりと別れた。

 さて、と。

 図書室に来てみたものの、別に用事はない。一時間目までは、まだ二十分ほどある。

 手近な椅子に座ると、スマホのアラートが鳴った。画面を見ると、岸島の名前があった。


〈福留に、ちょっとお願いがある。都月から頼んでほしいんだ〉


 慌ててレスポンスする。


〈どんなお願い?〉

〈あるモノを手配したい。こっちに無かった。福留の親父さんの会社で作ってるリューノシウムっていう特殊な化合物なんだけど、それをさらに変化させたモノを少し、サンプル程度でいいので送ってほしい〉

〈そんな、ぱっと送れるようなもんなのか?〉

〈危険物とかじゃないから、大丈夫。十グラムくらいあればいいので〉

〈高いもんなのか?〉

〈プラチナと同じくらい〉

 プラチナって。指輪とかのプラチナかよ。

〈お金は振り込むので、福留にこの画像を転送して、それを十グラム。梱包方法も書いてある〉

 添付された画像を見ると、幾つかの英単語と説明、そして化学式らしきものが書かれてあった。

〈了解。ってか、なんで福留に直接頼まないんだ?〉

 一分ほど時間が開き、レスポンスがある。

〈いや俺、福留と話したこともないし、麻耶先生からもそうしろって言われてる〉

 俺だってそんなに話したことは無いんだけどな。

〈じゃ、とりあえずこれ、福留に渡すわ〉

〈よろしく〉


 あらためて画像を見るが、都月にはそれが何を意味するものなのか、よく判らなかった。


「福留さん、ちょっといいかな?」

 教室に入った都月は、ちょっと緊張した面持ちで福留に声をかけた。

「ツッキー、どうしたの?」

 不思議そうな顔で迫り来る彼女の視線をやや外しながら、都月はスマホに目を落とす。

「さっき、キッシーから連絡があったんだけどさ、これ、福留さんの会社で作ってたら、サンプル送って欲しいんだってさ」

「サンプル? うちの会社の? なんでよ」

「い、いや、ごめん。キッシーが言うには、福留さんとこの会社でしか作ってないみたいなんだけど」

「うーん、それだけじゃ、よく分からないわよ」

 スマホの画面を覗き込む福留の顔が都月に近づく。反射的に顔を離す。福留がギロっと睨んでくる。こ、怖い。く、喰われる。

「十グラム、って言ってた。お金は払うからって」

「お金? いくらよ」

「え、ちょっとわかんない。ごめん」

「ちょ、そんなテキトーな……」福留が大げさに肩をすくめた。

「あ、プラチナくらいって言ってた」

「プラチナ……じゃあまあ十グラムで数万ってとこね」

 中空を見ながら、福留が答える。プラチナのアクセサリーでも想像してるのか。

「仕方ないわね。頼んでみるわ」

「あ、ありがとう! 恩に着るよ」ホッとしたのが顔に出る。

「あ、ツッキー、私のこと、ツンデレだと思ってるでしょ! そういうのが好きだったわけ? はーん?」

「い、いやそんな」ツンはともかく、デ、デレは? デレはどこだったんだ!?

「……なーんてね。おっけー。じゃあ、その画像私に転送して。うちのどの会社なのか分からないけど、いろいろ訊いてみる」

「ありがとう。キッシーも喜ぶよ」

 緊張していた都月の顔に笑顔が戻った。

「え、ツッキーは喜ばないの?」

「ん? いや、そんな」

「嬉しくないの?」

 福留が都月を試すような態度でニヤニヤしている。

「いや……その」

「イヤ?」

「いや、いやじゃなくて」

「イヤじゃない。そう」

 福留はじっとこちらを見つめて口を開いた。

「う・れ・し・い」

「そ、そう、嬉しい! ありがとう! ほんと、助かります!」顔から汗が噴き出るのがわかる。

 福留は満足そうな顔をして、ふと、目を見開いた。瞳孔が大きくなっている。

「そうそう、ツッキー、次の日曜日、空いてない? 土曜日の午後でもいいけど」

「いや、うーん」

「なにその嫌そうな表情。あー、どうしようかな、岸島くんの件」

 慌てて答える。「日曜は駄目だけど、土曜の午後なら」

「そう! じゃあ、デートして!」

「福留さんと?」

「そう」

「いや、なんで?」

「なんでって、デートに理由なんて、ある?」

「理由必要っしょ、普通」

 俺は狙われた草食獣だ。素早く安全な場所に避難しないと。

「理由なんて、後でもいいじゃん。じゃあ、土曜の午後、学校帰りに、ね」

 ガブッ。

「いやでも、福留さん」

「彩っち、って呼んでよ、もう!」

「なんで!」思わず笑ってしまう。

「え、だって、デートする仲なのに、さん付けなんて、ヘンでしょ」

 福留が、手をヒラヒラさせて離れていく。

 何だったんだ。大丈夫か?

 喰い殺されるぞ。


「ケッチラ」

「なんだよ、マーヤかよ」

 いつの間にか、麻耶が後ろに立っていた。というか、俺のカバン……。

「マーヤ、カバン、カバン! 俺のカバン、踏んでる!」

 麻耶は気にもとめずに言葉を続ける。

「ふっくと〜めさ〜んと、仲良くコンタクトしましたか。それは良かった」

「仲良くっつーか、キッシーのメッセージを伝えただけだよ」

「でも、ありがとう」

「ありがとう」

「……い、いえ、ほら、やっぱツッキーのお願いじゃないと、ふっくとーめさーんは聞いてくれなそうだし」

「なんでだよ」

「な・ん・で・って、それは、ひーみーつー☆ケッチラ」

 そう言うと、麻耶は都月のカバンの上でぴょんぴょん飛び跳ねる。

「ちょ、ちょっと、カバンが、やーめーーてーーー」

 すばやくカバンを引き抜く。その勢いで麻耶が転倒した。

「あ、すっ、すみません!」

「いったあ……」

 その拍子に一瞬、麻耶のカツラが外れた。チラリと、例のアザが見える。慌ててカツラを直す麻耶。

 そうだ。そういえば死んじゃうんだ。マーヤ。

 信じられない。

 人が死ぬ、って、どんな事なんだろう。

 そして、マーヤは自分を「バイオリッド」だと言っていた。それは、人、なんだろうか。

 両手を広げて波打つように動かしながら教室を出ていく麻耶を確認し、都月はカバンのホコリを払った。

 猿脇の退屈な授業が始まった。

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