翌日の昼食前。猿脇の退屈な授業が終わった教室で、桜木が声をかけてきた。

「ツッキー、ちょっと、いい?」

 みゆちゃん、かわいい。

 ココロがユルむのを隠しながら、都月は顔をキリッとさせて「なに?」と応じた。

「こんどアメリカのお父さんに会いに行くついでに、岸島くんに会いに行こうと思うの」

 真剣な眼差しだ。

「あ、おお、いいんじゃないか? なんか急だったし、転校前の様子もヘンだったしな」

 なんだ岸島の事かよ。ちょっとがっかりしながら、図書室での岸島のことを思い出す。

 まあ、あれは確かに心配だ。

 じっと桜木の目を見ながら応える。

「でも桜木さん、キッシーの向こうの住所、知ってんの? 桜木さんの親父さんって、いまニューヨークだったよね?」

「大丈夫。幼馴染だから、岸島くんのお母さんに聞いたの。岸島くんがいるのニュージャージーだし、お父さんとこからは近いっぽくて」

「なるほど、そうか」

 なんだか、全く対抗出来ないよな。幼馴染だもんなあ。親公認だなこりゃ。やれんなあ。

「でね、ちょっとお願いがあるんだけど」桜木が上目遣いになった。

「な、なに?」

 胸がビクッとして身体が固まった。

「私だけ急に行くと驚くだろうから、ちょっと、岸島くんに事前に連絡とって欲しいんだけどなーなんて」

「連絡って?」

「んー、みんなの代表として、桜木が会いに行きます、みたいな感じで」

「いやでもさ、幼馴染なんだろ? 大丈夫じゃねーの?」

「うーん、それはそうだけど、向こうが『重く』感じないかな、なんちゃって」

 なるほど。女子が一人で追いかけていったら、幼馴染のキッシーも困惑するかもしれない。あと色んな責任とか、いろいろややこしそうだ。ってか逆に、そういう気遣いするなんて。すっごく意識してるって事だよなあ。くそう。くそうくそう。

「わかった。ってか、なんで俺に?」

 岸島と親交のあるクラスメイトは、他にもパシリの戸田が居たはずだ。

「だって、他に、こういうこと頼めそうな人、いないし」桜木がちょっと俯く。

 うおっ! よし、請け負ったぜ! 心配するな、可愛いみゆちゃんの頼みなら!

「オッケー。じゃあ連絡しとくわ!」

「やったー! ありがとう!」両手を組んで笑顔。か、かわいい。

「あ……あと、もう一つ、いい?」

「もちのろん」

「今後も、岸島くんと他の人との連絡の、拠点になってほしいの」

「拠点?」

「クラスの他の子とかとさ、岸島くんと連絡とりたいときは、ツッキーを経由して、ってこと」

「なんで? 直接みんなとやりとりすればいいのに」

「うーん。まあ、色々あるの。ね、お願い」

 色々か。なんだろう。

「わかったよ。で、いつアメリカ行く予定?」

「明後日。金曜日の放課後に発って、連休明けに戻る」

「しかしなんつーか……すんげー心配だな」

「私、小学校時代ずっとニューヨークだったし、大丈夫よ」

 そういう問題かなあ。

「ん、まあ、それなら、気をつけて。キッシーによろしく」

 そう言った瞬間、都月は寂しい嫉妬がせり上がってくるのを感じた。


 その日の夜、都月は岸島にメッセージした。軽い挨拶と、桜木の渡米についてだ。

 ていうか、急過ぎなんだよみゆちゃんは。キッシーが読むの、何時になるかわかんないだろ。

 と思った矢先、返答があった。

〈都月、連絡ありがとう。急に引っ越しちまって、心配かけちまったみたいで、ごめん。桜木の件、了解しました。お元気で〉

 淡々としている。むしろヨソヨソしい感じだ。まあ元々、そんなに仲が良かったわけではない。図書室の一件以外では、あまり話もしたこともなかったのだ。

 と、そこに追伸がくる。

〈そうそう、俺が引っ越す前に来た、産業医の麻耶先生っているけど。あの人、何者?〉

 何者って。いや、もちろん知ってるが、言っていいものかどうか。

〈いや、よく分からん。変わってるよな〉

〈そうか。いや、ちょっと急にメッセージで頼まれた事があるんだが、普通じゃない内容だから〉

 マーヤ、キッシーに直接コンタクト取ってるじゃないか。俺を使う必要無いんじゃないか? でもまあ、例の件に絡む大事なことなら、ちょっと進めてもらった方がいいのかな。

〈ああ、変わってるけど、今のところ信用できると自分は思う。とりあえず、マーヤの依頼、やってみてくれないか〉

〈わかった。やってはみるよ。ありがとう〉

 その後は返事は無かった。

 マーヤ、いったい何を頼んだのか。「普通じゃない内容」って。それに信用できる、って書いちゃったけど、大丈夫だろうか。俺は、マーヤのこと、本当に信用してるんだろうか。勢いに押されて流されてるだけじゃないのか。

 都月はスマホを机の上にある充電ホルダーに置くと、不安を払拭するように上半身をぐるぐるとねじり、そして布団に潜り込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る