「えーみなさん、おはようございます。突然ですが、今日からこの学校の産業医をしていただくことになった、麻耶ミホロボッチさ……いや先生で……」

 翌週月曜の朝。始業前のホームルームでは、クラス担任の定岡がいつもより緊張した表情で一人の少女――麻耶ミホロボッチを紹介していた。教壇の隣に立つ少女は高等部の基準服を着ている。頭髪はゆるくウェーブのかかったロングの、鮮やかな緑髪だ。

 麻耶はその場で髪の毛をふわりとなびかせながらクルリと一回転すると、こちらを向いてピタリと止まり、指を立ててウィンクした。

「ほいサッサ! 麻耶、でーす! なあにここ、ちょっと、みんなテンション低すぎぃケッチラ!?」

 教室が深夜のスキー場のように静まり返った。

「麻耶ミホロボッチ、産業医でぅえーっす☆ 名字が麻耶なんだけど、まぁるぅでぇ名前みたいでーす。だからマーヤって呼んでくーださーいおー!」

 再びクルリと回転する麻耶。

「え? せ、先生、ですか? 転校生じゃないんですか?」

 最前列にいた生徒が、すっとんきょんな声をあげた。

「そう、でーす! 産業医なんですぅっ、と」麻耶が足を踏み鳴らす。

「さ、産業医?」また別の生徒が訊く。

「そう、どぅえーす☆」麻耶が両手を挙げて頭の上で輪を作る。

 教室がざわめき始めた。ところどころで麻耶を指さしながら後ろや隣と話す生徒の姿が見えた。

「ひょーっとしてみんな、産業医、って、ごっ存知、ない?」

 麻耶が手を腰にあて、口を尖らせてぐいっと胸を反らし、グラビアポーズを取った。

「産業医は、従業員の健康を管理するのが、おっシゴト☆ケッチラばよよ〜ん!!」

「健康? え、えーと、学校医の下駄島先生は、どうされたんですか?」

 都月の斜め後ろに座る学年一の秀才――利根川とねかわ智恵ちえが質問する声が響いた。それに対して、定岡が汗を拭きながら応える。

「えとですね。麻耶さ……先生は、学校医じゃなく」

 突然、麻耶が素早く間に入ってきて定岡に向けて指を立てた。そして、顔を突き出して定岡をじろりと睨み、はっきりとした声で一言。

「マーヤ」

 それを見てハッとした顔になった定岡が、言い直す。

「マーヤ……は、学校医じゃなくて、産業医として、ここに」

「学校医じゃないって、でも、医者なんですよね? 医師免許とかある」

 利根川が、なおも食い下がる。

 他の生徒たちは顔を見合わせながら首をかしげ、あるいは隣の人とコソコソと話をしている。

「カウンセラーでもない、んですよね?」さらに利根川が訊く。

「ぶっぶー。ちがびんちょろまっすぅ」片目をつぶって人差し指を振る麻耶。

「校舎の耐震性を調査するみたいな?」

 桜木が都月のすぐ横から、ちょっと眉を寄せて尋ねた。うん、みゆちゃん。横顔もかわいい。

「ぶぶぶっぶー」麻耶が胸の前で両腕をクロスさせた。「それ、医者じゃない、で・す・ケッチラね?」

 そこへ定岡が割って入った。

「えー学校にはみんなも知ってるように、学校医の下駄島げたじま先生もいますが、よく判らないんですが、校長が言うには学園も大きくなってきて、職員も増えて、だから産業医とかいうの、いや、先生を追加で募集したところ、麻耶さ……先生……いやマーヤしか、いえ、その、えー応募されて採用になったようです」

 定岡はところどころで目を伏せたり顎に手をやったりと落ち着かない態度だ。どうも混乱しているようだ。

「だから先生、結局、サンギョウイってなんですか?」

 クラスの女子ヒエラルキートップ、福留ふくとめあやが声を挙げる。

「いい質問ね! あなた、キレてるわ!」

 目と口をパカっと開けて福留をビシッと指す麻耶。

「い、いや、先生ってサダっち……定岡先生に、なんですが、まあ、いいです」福留がムッとした。

「そう、良いですよね! さあ、説明しましょか! まず、皆さん、自分の鞄を、こう、両手で持ってみーてくーださ~い。ずーとそのまま、持ってるケッチラよ!」

 生徒たちがめいめい、座ったままでリュックや鞄を机の横から外して両手を伸ばして持つ。

 麻耶は教卓の横をすり抜け、生徒の間をヒラヒラと踊りながら教室の後ろへ行った。そこで、スパッとこちらを向いた。

 生徒たちは皆、鞄を持ったまま麻耶の動きを追うようにしながら体を斜めにしていった。

 都月も同様に体をひねっていく。

「そう! みんなの、その姿勢! それ……」

 麻耶の目がキラリと光り、両手で口の前にメガホンを作り、一呼吸おいて

「アブナーーーーイ!!!!」

 強烈な大声に窓が震え、全員ビクンと反応した。鞄を取り落とした生徒もいる。

「その姿勢、危険で危ないです☆ そう、そういう姿勢でシゴトをすると、健康を、ダメダメにしちゃう! そんなの許せない! 危ないの、ハンターイ! 不健康、禁止!」

 ヒラヒラと手を上下させながらまた前に戻る麻耶。そしてバレリーナのようにクルクルと回転したあと、先ほどの福留をまた指した。

「これで、ご理解いただけましたか?」

 わかんね……

 指された福留も、他の生徒も、定岡も唖然としていた。

「そう、うーん産業医のシゴトって色々あるんケッチラも、そのうちの一つが! いまやった作業管理、って奴なーのデース。あとは、そうそう! 校舎や教室の環境とかをチェーック☆して、キケン! だったりアブナーイ! だったり、病気が! なんての防いだり」

 両手をあちこちに伸ばしながら説明する麻耶。

「そんで、あとは健康診断ね! チミチミぃ、肝臓がダメダ〜メだから、ちょっとお酒はヒカエオロ〜! とかと〜か、ああっ、甘いもの美味しいものパクパクもりもり食べ食べタ〜ベタベで体重ドバ→んともうターイヘーン! っての、何とかしてしんぜようとか、セクハラパワハラだめだめ〜ん、とか」

 と言いながら、麻耶は福留をじっと見る。

 皆から注目された福留は、顔を赤くして口を荒げる。

「……お、お酒とか、飲むわけないじゃないですか!」

「あ〜らオコチャマ達には、無関係なお話、ざんすよ〜ケッチラよ〜☆ぼよん」

 福留がムッとして眉間にシワを寄せた。よく見ると、口元がプルプル震えていた。

 都月はふと疑問を口にする。

「えーと、麻耶さ……先生」

「マーヤでよくてよ」

「あ、マーヤ先生」

「マーヤ」

「マーヤ、あの」

「なーにかしら? マーヤに御用?」

 麻耶は体を左右にリズミカルに揺らしている。とまり木に止まるオウムのようだ。

「なんで、その、格好というか」

 麻耶は頭を下げ、自分の格好をキョロキョロ確認している。

「ああ、いけない? これ、いけない? ねえ、いけない?」

 改めて問われると、どこがどう良くないのか、うまく説明できない。

「……いや、いいです」

「いや、ていうか、その髪の毛はぁ?」眉を寄せた福留が都月の後に続く。

 そう、それだ!

「髪の毛の色?」キョトンとする麻耶。

「そう、校則には『髪の毛は黒あるいは茶で自然な容姿を旨とす』って書いてあります。その緑色に染めた髪の毛は明らかに校則違反なのでは」

 桜木が問う。かわいいみゆちゃん。うんうん確かに。緑色の髪の毛は、華美だろう。そうだろう。そう、だから校則違反だ。決まりだ。

「いや、そのですね」

 定岡が頭をかく。

「なんですか。転校生だからって……」

 言った瞬間、福留は目を見開いて口に手を当てた。

 同時に定岡が静かに口をはさむ。

「えー、麻耶先……マーヤは、生徒ではありませんので」

 教室がシーンとなる。

 た、確かに。産業医とかいう医者だ。社会人だ。

 しかし、都月の目からは、どう見ても十代の少女に見える。極端な若作り……というより基準服を着ているのでそう見えるだけかもしれないが。しかしなんでわざわざ基準服。職員なのに。紛らわしい。

 定岡の隣では、麻耶が勝ち誇ったような態度で腰に手をあてて左右に揺れながらニヤニヤしている。

 教室の他の生徒達も、納得したようなしないような、複雑な表情だ。

「まあ、問題ないってことでケッチラ!」

「……そのケッチラってなんです?」

 食い下がる福留。身体が小刻みに震えている。視線は相変わらず麻耶の緑色の頭に釘付けだ。

「ケッチラ!? いやこれ、方言、ってことに、しーてくーださーいよー☆」

「方言? どちらの? ていうか『ことにして』って一体!」

「ハーフ、なんでーす。だから、中途半端な言葉に、なっちゃうんですよん!」

「ハーフ、っていいますと、どちらとどちらの?」

「どちらというか、ここと」と床を指さす麻耶。ふと動きが止まった後「そして、向こうの……」と言いながら天井を指した。

 また教室がざわめく。見回すと、あからさまに怒った顔の生徒もいた。

 その空気を見たのか、定岡が慌てて割って入った。

「えーと、とにかく麻耶先生は……」

「マーヤ」

「……マーヤは、産業医として今日から学校に赴任してきまして、その案内係を校長に頼まれてしまって。あとマーヤのご希望で、学校内を見学したいと。そういうことで、嫌々……いや教室に連れてきた……来てもら……いただいたんです。それで初めてですから皆さん色々教えてあげたりとかしてあげてください」

 教えてあげたりとか、って!

「先生、教えるって、何を教えればいいですか」

 利根川が質問する。さすが秀才。もう問題解決に向かって冷静に進み始めてるのか。

「えーとですねそれは」

 定岡が口ごもった。

「そっそっそっそりゃババンボ〜ン☆ 適当適当トントントンにあちこち行くから大丈夫ケッチラよ!」

 麻耶はひらりひらりと生徒たちの机の間をぬって歩き、教壇の上に立つ。

「あ、自分で見学しながら調べまぅす☆ 問題を認知し、特定し、解決方法を考え、そして解決して、効果を確認し、さらに進めてグルグルグルグルぐーるグル〜!」

 バレリーナのようにぐるぐると回りながらまた教室の後ろに戻る。

「あ、麻……マーヤの席は、あ、いや、生徒じゃないので。あれ? もう適当にしてください。では。ホームルーム終了」

 早くこの場を終了したい。そんな焦りを醸し出す表情で定岡が宣言した。

「じゃあマーヤは、授業を見学しーますーわねーケッチラ!」

「え、ちょっと、なんでその、産業医とやらが、授業を見るんですか?」

 福留がまた抗議めいた声を上げた。

「それはとってもナイスないいグッドクエスチョン!」

 麻耶が目をキラキラさせる。

「これが、産業医の職務『職場巡視』の一つ、ぼよんよ☆」

 聞き慣れない単語に、生徒は静まり返る。

「さて、と。もういいですか。授業にはいります」

 小さな声でハイルゾハイルゾと言いながら定岡が教科書を開き、黒板に数式を書き始めた。

 教室内はしばらくザワついていたが、徐々に授業に取り組む空気が出来ていった。

 ふと都月が教室の後ろを振り向くと、麻耶が何事もなかったかのように一番後ろの席に座っている。

(ん? あんなとこの席、空いてたっけ?)

 訝しく思いながら麻耶の方を見ていると、斜め後ろに座る福留が睨んで来た。あわてて前を向いた。


「マーヤって、トシいくつなんですか?」

 定岡の授業が終了した後、教室の後ろでは生徒たちが集まり、「新入り」を質問攻めにしていた。何気なく都月もその輪に混ざる。

「え、トシ、んー、十八歳、でーす☆」

 えっ。皆の顔も同じく「えっ」になっている。

「十八って、マーヤ、ここに仕事しに来たんでしょ。ガッコ卒業してすぐ?」訝しげな顔で福留が訊く。

「ガッコ? あー、学校ならソッコー卒業して、しーごーとー五年やって、それから来たケッチラ!」

「仕事五年って、じゃあ中学行かずに?」

「ん、いや、まあ、そのぅ」麻耶が言い淀む。

 それを見て、周りが「やべえ」という空気になる。

 見かねた都月が話題転換。

「いや、マーヤの髪の毛ってさ、どうやって染めてんの?」

「あー、この髪の毛。染めてないんダイ!」

「え、染めてない! ってこと。なに人だ!?」

「なに人って?」

 きょとんとする麻耶。

「いや、外国人かな、とか」

「外国人? 外国人だと、こーゆー髪の毛ってカンジ?」

 不思議そうな顔をする麻耶を、さらに不思議そうな顔が囲んでいる。

「い、いや、ほら。人種とか」

 都月は言ってちょっと息を飲んだ。この地域ではそれほど見かけないとはいえ、ぱっと見てわかる外国人もそれなりにいる。学年に一人か二人そんな生徒がいるが、そこは特に学校から指導されなくても、誰から言われるわけでもなく、ある意味「現代社会的な正しさ」で接することに暗黙のうちになっていた。つまり、やたらと言及しない、だ。

「ああ、人種!」

 麻耶の目が見開いた。都月はちょっと後悔した。

「どうしましたか。そろそろ、授業を、始めさせてください」

 ふと教卓のほうを見ると、生物教師の猿脇さるわきが、そのどっしりとした体格を誇示するように教卓に立ち、こちらを睨んでいる。

「あら、朝の職員ミーティングではどうも。産業医のセンセー。授業をお受けになるんですの?」

 猿脇が、二十代とは思えない落ち着いた声で麻耶に問う。

「そう、でーす。ゾルゲル、よろすっくオタモン申しまケッチラ☆」

 麻耶の敬礼に、猿脇の顔が一瞬顔が険しくなる。

「ぞ、ゾルゲル?」

「そう、猿脇先生、通称ゾルゲル、二十七歳、ですよね」

 教室内の空気が一気に冷え込んだ。

「あ、ひょっとして、シクった……!?!?」

 麻耶が見回している。クラス中の顔がうつむく。

「それ、本人に内緒のアダ名だから……」

 都月は麻耶に耳打ちした。

 麻耶の口がパカーンと開く。そしてそのまま猿脇を見る。

「あー。えーと、みんな、席に戻りましょう! 猿脇先生の素晴らしい授業を、ぜひともここで、知識を高めて己を成長させるために、そして、知性を磨き、無限の宇宙をさらに良くするために……」

 生徒たちはザワザワしながら自席に戻っていく。

「麻耶さ……先生、いいんです。さあ、みんな授業を始めますよ」

 重い声で、猿脇がクラスを睥睨した。

 一瞬にして、クラスの空気が統一された。

「……ちょ〜、じゃあ、あたクッシーは、ちょい他の場所の労務環境を、チェーック! して来るですまーす」

 そう言うやいなや麻耶は席を立ち、わらわらと席に戻る生徒の間をするりんと抜けて素早くどこかへと消えていった。


 午前の授業が終わり、二Cの生徒達はめいめいに弁当を広げたり学食に行ったり、バラバラに動き始めた。

 都月も学食に行くために立ち上がる。ふと視界に桜木が入ってきた。

 み、みゆちゃん、かわいい。

 ぼわんとする都月の頭に、スルリと言葉が入ってきた。

「ツッキー、今学期、委員だよね」

「え、あ、みゆちゃ……桜木さん。委員? なんの?」

「やだ忘れたの。保健委員だったでしょ」

 あ、そういえば。すっかり忘れてた。

「利根川さんが気分悪いっていうから、保健室連れてってくれるかな」

 都月が指された机の方を見ると、利根川がムッとした顔で座っていた。さっきまで元気だったような気がするんだけど。

「いや、大丈夫かな。ってか、女子が連れてったほうが良いんじゃないの?」

「でもツッキーでいい、って。利根川さんが」

「でいい、ってー」

「じゃあ、お願いね!」

 そう言うと、桜木は髪をなびかせて、その場を去ってしまった。やんわりとした残り香が鼻腔を刺激する。思わず鼻先で追ってしまう。

 ふと目の端で利根川をみる。まだムッとしている。やだなあ。そう思いながら利根川の机のそばに行った。

「利根川さん、大丈夫? 保健室。俺とで」

「いいの。別に。都月くんだって仕事が出来て嬉しいでしょ?」

 笑顔も見せずに応える利根川。

「なんでだよ。面倒いなあ」

「でも、委員だし」

 利根川はまだムスッとしている。

「……わかったよ。じゃあ連れてくわ」

 利根川はじっとしている。

「ほら、立って」

「……」

 利根川はじわりと立ち上がると、保健室へ向かう都月の後を追った。

「気分悪い、って、いつから?」

 廊下を歩きながら、一応、訊いてみる。

「朝から」

「朝って。家出る前から?」

「そう」

「なんで無理して来たの」

「だって、その時はそれほどでも」

「……なるほど」

「うん」

 しばし無言で廊下を歩く二人。

 保健室は、校舎一階にある。利根川と付かず離れずを意識しながら、都月は話題を探していた。あ、そうだ。

「あ、そう、今日のアレ、マーヤ」都月は手をポンと叩いた。

「ああ、あの子……いや、人? 先生? なんなんだろ?」

 利根川のムスッとした顔がやわらぎ、都月の話に乗ってくる。

「そうそう。初め私、転校生か何かと思ったんだけど、サンギョウイだって。医者だってね」

「だよなー。いや、基準服だし、何なんだよ、って」

「でもさ、大人に見えなくない? それにあの、動きっていうか言葉っていうか。変でしょ。あれでも医者っていうんだから。だいたい、ここには仕事で来てるんだよね?」

 都月は麻耶の顔を思い出していた。

「十八って言ってたけど、ウソじゃないの。だって普通、あり得ないもんな。十三から働いて、って、今の日本じゃそんなの、法律違反……」

「そうよね。なんか、童顔だから年齢ごまかしてるのかも」

 うんうん。あの顔はそうかもしれない。

「いやでもさ、何のために?」

「それは、わからないけど……」

 二階から一階に下りる途中の踊り場まで来た。都月は視界の端で利根川を意識しながら一気に下りたせいか、少しめまいがする。と、目の前に「緑色の毛」が見えた。

「あ!」

 立ち止まる二人。

「あ〜、あ〜あ〜、さっきの二のCののんの〜ん!」

 緑色の毛がスッと持ち上がった。麻耶だ。

「あ、麻耶先生」

「マーヤ」

「マーヤ先生」

「マーヤ」

「……マーヤ」

「そうっでーす☆ えへっひひっケッチラばびょ〜ん☆」

 利根川はポカンとした顔で見ている。

「……マーヤ、ここで、何を」

「何を? 何をって、何をって、いま言った?」

 麻耶のニヤけ具合が一瞬にしてレベルアップした。

「そう、ワタクシは、ここで、この、コレを使って!」

 と言いながら、手に持った長さ五十センチほどの棒状の金属物体を見せる。

「それ、定規、ですよね」

「定規?」

 麻耶の目が見開かれた。

「これは、定規じゃなく、ものさし、ですよーんだケッチラ!」

「どう違うんですか!」

 都月がツッコミを入れる。

「どうってあんた、そりゃっあ〜」

 麻耶の口が尖った。

「定規は書くモン、ものさしは測るモン、ざんしょーに☆」

 マジか。知らなかった。頭の中で、「定規」と「ものさし」が、ぐるぐると巡っている。

「都月くん、行こうよ〜」

 都月のブレザーの袖を引っ張る利根川。憮然としている。

「も、ものさしで、何やってんだ? いや、ですか?」

「そう、それはいい質問だっしょー☆」

 麻耶がものさしをチッチッと左右に振る。

「これで、ここで、こうやって」と言いながら、階段にそのものさしを当てる。

「測るの。段差を」

「だ、段差を!」

「そう、だーんすぁ! イェーイイェイッ! ヘイヘ〜イ! ダンサ〜! ダンサ〜!!」

 階段を行き交う他の生徒が、麻耶を避けるようにしながらコソコソと足早に去っていく。緑色の髪の毛で、階段で、ものさしを。踊りながら。ものすごく怪しい。そりゃ関わり合いになりたくないだろう。

「もう、行こうよ、ねえ、都月くん!」

 怒った声になる利根川に引っ張られ、都月はよろよろと階下に降りた。

「ふみ〜、平均十七てん五八二センチ、ってとこかいわいやー☆ 学校だから、ねえ仕方ねえ」

 腰に手を当ててつぶやく麻耶を尻目に、都月と利根川は足早に保健室に向かっていった。

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