第弐話 その人はまるで鉄紺の様で

結局あの後、

「ところで、上甲さん。今良い所なので仕事を手伝ってはくださいませんか?」

と言われ、仕事を押し付けられてしまった。

にしても、人を人に教えるなんてどうすれば良いのだろうか。

俺は薄く靄のかかった道を歩いて行く。

女性の話では、この図書館には古今東西、誰かの日記から果ては『るるぶ』の様な旅行誌まであらゆる本が収められているらしい。

・・・プライバシーとか諸々大丈夫なのだろうか。

仕事というのはこの図書館に迷い込んだ子供を見つける事なのだそうだ。

そこで俺が耳を済ませると本のページを捲る音が聞こえてくる。

方向は俺から見て右側。

目を向けるとそこには少し開けたスペースに幾らかの机と椅子、そして小学生程の子供が一人座っていた。

「おい、何読んでんだ?」

少年が読んでいる本は異様に薄い。

チラッと見せてくれた背表紙には

『走れメロス』

と書いてあった。

成程、『走れメロス』は確かに短い。

作者はたしか太宰治だったか。

俺はこの先何をすれば良いのか分からなくなった。

そう言えば、見つけた後何をすれば良いのか聞いていない。

俺が席に座り悩んでいると、少年が問いかけて来た。

「ねぇ、おじさん。メロスみたいな人って本当にいると思う?」

「ん~、いないことは無いんじゃないか?」

「そっか」

いくら友人の命が懸かっているとはいえ、血反吐を吐きながらも殺されに走るメロスはおよそ狂人の域だろう。

少年の横には辞書が置いてあり、少年は分からない漢字や、言葉を調べながら読んでいるようだった。

「おじさん。聞いてくれる?僕の後悔の話」

「・・・」

俺は返事こそしなかったが、少年は語りだす。

「僕ね。家族とか、友達とか、同じ街に住んでいた人達を見殺しにしてしまったの」

相槌を打ったりはしない。

「いつもいる筈の軍人さん達が一斉に車に乗って逃げて行くのが見えて・・・僕も一緒に逃げちゃった」

少年の目尻に涙が溜まる。

「・・・戻ってきたら街が無くなってて・・・ごめん。おじさんには関係の無い話だったね」

暗い感情が表情にも出てしまっていた様だ。

少年が『走れメロス』を棚に戻し去って行く。

何とか少年を慰めたいとは思ったが何もかけてやれる言葉が見つからなくて。

いかに自分が浅学で、内容の薄い人生を送ってきてしまったのか突きつけられてしまった様でとても悔しい。

せめてもの思いで後をつけてみるがもう既に少年の姿は無く、結局その後暫く少年に出会う事は無かった。

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