Hello World 6
【脱出計画、80日目】
「アルゴ、それは?」
ハローが試作品製造の際に選り分けたプラスチック片を、アルゴがワークローダーを使って集めていく。その様子を見ながらアルゴに問いかける。
『プラスチックを分解して石油を精製します。燃料を製造するための材料デス』
「プラスチックって石油になるの?」
『ええ、まあそれなりに設備が必要デス。なので実際に燃料を製造できるのは半年ほど先になるカト』
「ふーん」
二人がいるのは施設の中にあるっが急ピッチで建設中の飛行機生産用の工場だ。ワークローダーも二十台に増産し、機械の配置や用途、また作業用メカの機能に至るまで飛行機の制作、研究に特化させているらしい。まあハローには特化とは言っても具体的にどう違うのかは分からないが。
現在も様々な機械の駆動音と溶接の光と共に飛行機が着実に形作られている。ハローが必死になってやっていた作業、三日分ほどの量がものの十秒程度で終わっていくのは何とも悲しい。
「そんじゃ結局、飛行機が完成するまで時間はかかるんだね。んじゃ待ってる間僕は昼寝でも……」
『待ってくだサイ。ハローにもやって欲しい事がありマス』
「やって欲しい事?」
そう言ってアルゴはハローに、サバイバルナイフとポリタンクを渡した。
【脱出計画、97日目】
「ハッ……クソ!」
ハロー達が暮らす島内には、居住区を中心とした比較的開かれた場所もあるが、しかし時間の経過によりその殆どは森林に飲み込まれている。既に人類の切り拓いた文明の痕跡は閉じ切り、未開と言って差し支えないような状態となり果てた大自然の中を、ハローは息を切らしながら歩き続ける。
「クソ……なんでこんなに重たいんだ……」
ハローの背には彼の胴体ほどもある大きなザックが背負われ、一歩踏み出すごとに湿った泥がずぶりと足を飲み込む。
背負っているのは二十リットルの水が入ったポリタンク。まだ体の小さいハローにとってそれは鉛のように重たい。まるでカタツムリにでもなったような気分で這うように進んでいく。
「ホントに……こんなもんがいるのか?」
水を汲んできてほしい。それがアルゴがハローに指示したことだった。
飛行機の部品を作成するための精密機械。それらのパーツを研磨する為に水が必要なのだが、海水や居住区の浄水施設で賄っている飲料水では不純物が多すぎて狂いが生じるのだという。
必要なのは不純物の限りなく少ない天然の水。そしてそれは施設から十二キロ離れた森の中に湧出しており、ハローからは毎日ポリタンク一つ分を組んでくるように言われて、毎日十時間近くかけて水を汲んでは戻ってを繰り返しているのである。
言っていることは分かる。やることがないハローがそれを汲みに行くのも分かる。だが、
「子供にやらせることじゃないだろチクショウ!」
怒りに任せて声を上げる。しかしその声は木々の中に飲み込まれ、ロクに反響すらすることなく空しく消えていった。
「……」
喚いたところでやるしかない。その事実に行き当たり嘆息しながら次の一歩を踏み出す。だがその時、背後で何かが動く気配がした。
「……?」
自然の中ゆえに野生動物も多い。護身用に持たされたナイフをホルスターから抜いて、警戒しながら後ろを振り返る。
だがそこにいたのは、大きな目をした一頭の鹿だった。
「わあ! 可愛い可愛い!」
しかし次の瞬間、藪から飛び出した熊が鹿の喉元に食らいついた。
「ッ⁉」
鹿の断末魔を聞きながらハローは疲労も忘れてバネのような勢いで駆け出した。
【脱出計画、264日目】
「うわあ! すごい!」
空気を激しくプロペラが叩く音が響く。虫の羽音にも似て、しかしそれよりも遥かにけたたましいその音と共に空を切り裂くその姿をハローは目を輝かせて歓声を上げる。
「すごいじゃん! ちゃんと飛んでるよハロー!」
『ええ、ひとまず試作品は成功デス』
心なしか満足げにアルゴも呟く。
いくつかのパーツを組み上げ、何度もシミュレーションを重ねた試作飛行機。プラスチックから生成されたガソリンを元に、鉛色の空を飛んでいく。
現在レプシロ機にはハローが作った操縦用のAIが組み込まれている。これも自我と呼べるほどまでは高度ではないが、それでもアルゴの施設運用のサポートをこなす三機しかいないAIの一つだ。その操縦は見事なもので、まるで鳥のように見事に大空を飛び回っている。
「ねえアルゴ、飛行機はあれで完成なの?」
『いえ、まだまだデス。航続距離も分からなけれバ、機体の強度も不明。いくらしっかりと設計したとはいえ実際の飛行は初めてデス。なので今回のデータを元に――』
その時、断続的に響いていたレプシロの音が歪に乱れた。空に順調に線を描いていた機体の軌道が揺れ、エンジンから火が漏れ始める。
「ア、 アルゴ!」
『……』
火を噴き、沿岸へとふらふら落ちていく機体をアルゴは黙って見る。そのまま機体は雪の舞う海の中へと落ちていき、海中で断末魔の様に爆発を起こして沈んでいった。
「失敗……だね」
『そのようデス。しかしデータは取れましたから、次につながりマス』
「いいの? あれ、貴重なAIだったんじゃ」
『構いまセン。あれぐらいは必要なコストですノデ』
ロボットだけあってアルゴは気にした様子もなく工場に戻っていく。だが人間であるハローからすれば、その様子は正直かなりやるせない。
感情を見せないアルゴに変わって、ハローは白く染まる息と共にため息をついた。
【脱出計画、1495日目】
夏。元々この島はどちらかというと亜熱帯に近い気候らしく、夏の時期は蝉時雨がうるさいかと思えば、夕立に降られたりと天気の移り変わりが激しい。そんな中今日は、稀に見るような大嵐だった。
「……」
岩肌の洞窟の中に身を隠しながら空を見やる。四年前のあの日と同じような天候、しかし目を凝らしてもあの鋼の竜の影は見えない。
『災難でしたね、ハロー』
「まーね」
耳元のインカムから流れるアルゴの声にハローは呆れ気味に答える。三年ほど前熊に襲われかけた際に、それをアルゴに話したところ次の日に用意してくれた通信機である。
「仕方ないよ。とりあえずは安全なところにいるし、雨が上がったらそっちに行くからさ」
『大丈夫ですカ? 水はともかくとして、携帯食料も必要最低限しかもっていなかった筈デスガ』
「ああ、心配いらないって。その辺のトカゲ捌いて焼いて食べたから」
『……逞しくなりまシタ』
六代目のナイフを手の中で弄びながら、ハローは濡れた前髪を除ける。手足にずいぶんと筋肉がついてきた気がする。身長もかなり伸びてきた。
「そっちはどう? アルゴ、今海にいるんだろ?」
『こちらも大変デス。廃棄された油田施設まで辿り着いたのはいいですガ、海が大時化でとても戻れまセン。私も明日以降になりそうデス』
「お互い大変だね」
アルゴは現在、島の近海に位地する旧石油プラットフォームへ危険を承知で船にて向かっている。島から約二十キロ、島内のプラスチックをほぼ使い尽くした為、現在アルゴは油田から島までパイプを繋いで原油を送るという大規模な計画を立てている。
――正直そんなことまで出来るんなら俺を大陸に送ることぐらいできた気がするけど……。
ここまで頑張ってきた努力がなくなるのも嫌なので今更言わないが、何故わざわざこんなに時間をかけるのかは少々疑問が残る。
「そう言えばさ、アルゴはなんで俺の親代わりになってくれたの?」
『……どうしたのですカ、急ニ』
「いや何となく気になって」
『その内教えてあげマス。早く寝てくだサイ』
それだけ言ってアルゴからの通信は切れる。色々と面倒は見てくれるのだが、自分の話となるといつもこうだ。
「いつか……自分の話とかしてくれるのかな」
そんなことを考えながら、ハローは眠りについた。
【脱出計画、1877日目】
『ハロー、どうですか?』
「大丈夫だ! これぐらい!」
コックピット内の操縦桿を握り、晴嵐の中機体を旋回させる。
試作航空機十九号、十六度目の成功で機能、安全性共にアルゴによって保障された試作機は、ハローによる操縦訓練という次の段階に入っていた。実際の操縦技術を学びつつ、人間が乗った際の反応やレスポンスなどをリポートしている。
そして今ハローは操縦訓練の基礎から先、悪天候時の操縦を想定して低気圧の来る暴風の日を狙って飛んでいた。
『機体が流されていマス。風を受け止めるのではなくながしてくだサイ』
「分かってる! けど機体が上手く……ッ」
『これを越えられないようでは、海の向こうへは渡れまセン』
「っ!」
アルゴに言われて操縦桿をもう一度強く握る。目に見えない風の奔流、しかしハローは翼から伝わる重さを感じ、風に翼を載せて一層にエンジンの出力を上げた。
プロペラが更に勢いよく回り、風を貫いて突き進む。雲のない青空の中、暴風を抜けてハローはさらに上昇。
「おおおおおお!」
咆哮と共に一気に嵐を抜ける。そしてハローは、遥か眼下の島を見た。
地上二百メートル、この高さからなら生まれ育った島の全貌が見て取れた。
ハロー達が住む居住区から、緑に飲み込まれた一帯まで、まるでグラデーションの様に分かれたその島は、幼いころあれだけ広いと思っていたのにこうして見るとおもちゃのようでもあった。
『いかがですカ?』
「……冗談みたいに狭いな、こうして見ると」
笑みをこぼしながらハローは呟く。空は、五年前からは考えられないほどに近かった。
【脱出計画、2554日目】
「よっ! ほっ!」
森の木々を縫い、岩と岩とを飛び渡りながらハローは水の入ったポリタンクを抱えて疾駆していく。
その動きには淀みはなく、大きな荷物を持っているとは思えないほど軽やかに木々の間を駆け抜けるその姿からは、以前の幼さは大きく抜けていた。
十分に伸び切った手足には引き締まった筋肉を纏い、顔立ちも僅かに幼さは残すものの精悍と呼べるほどに成熟し、鋭い眼光は猛禽類にも似ている。
矢のような速度で木々をすり抜け、あっという間に施設近辺に戻ってハローは一息つく。まだ太陽は登り切ってすらいない。七年前は日が暮れるまでかかっていた水運びは、もう既に一時間を切るまでになっていた。
『ハロー』
施設に戻ったハローに声がかけられる。その方向に「よっ」と声をかけ、水の満タンに入ったポリタンクをドスンと置いた。
「アルゴ、今日の分……けどもういらないよなこれ。研磨するパーツなんてもうないだろ」
『そうデスネ。後半は殆ど、一人でも様々な状況を打開できるようにという訓練でしたカラ』
「やっぱりな」
少し低くなった声音で笑いハローはアルゴの後ろに鎮座するそれを見上げる。
水に晒されたような流線型の機体に、大鷲を思わせる大きな主翼。機種のプロペラは刃の様に鋭い。そしてその機体の色は、ハローの強い希望によりアイオライトの体に似た群青色に塗装されていた。
古い資料に会った通りそのまま、しかしハローの癖、体格、そして長時間の運用と取り回しの良さに特化したハロー専用のレプシロ機だ。
「こっちは、もう完成でいいんだよな」
『ハイ。そして……』
アルゴのアイレンズがじっとハローを見る。
『まだ不安もありますが、ハローも完成としまショウ』
「ギリギリかよ」
ハローは笑う。そしてお互いに分かっていた。
今日で脱出計画から2554日目。約束の七年は明日であることを。
『明日、出発しまショウ』
「おお!」
アイオライトに出会ってから七年。ハローが十六歳となった夏の日の事だった。
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