Hello World 5

【脱出計画、75日目】


「で…………っきたぁ」

 

 ガラクタを押しのけて作った整備ドッグでハローは大の字に倒れこむ。夏もそろそろ終わり秋に入ろうかという季節、炎天下の中で一から組み上げた完成品の前でハローは肩で息をする。

 

 そこにあるのは秋の日差しを浴びて鈍く光るレプシロ飛行機だった。操縦席はむき出し、組み立てた際のパーツのサイズが微妙に噛み合っておらず接合部がスカスカで、それに加えてワークローダー用のエンジンを無理やりに組み込んだ為形状が若干歪んでいる。


 だがそれでも、作り上げたそれはだれがどう見ても飛行機だ。少なくともハローの目にはそう見える。


 ――駄目だ……達成感えげつない……。


 ゼロから始めてようやくここまで完成した。正直心が折れそうだったし、何回か骨も折れそうな瞬間もあった。特に組み立てた部品を滑車で持ち上げるのがきつかった。

 それもこれも、アルゴが協力してくれないせいだ。


「あああもう! むかつく! なんだよあのメタル目玉おやじ!」


 怒りを原動力に立ち上がる。滑走路の準備は既にできている。というより工業生産プラントの目の前の鉄材の山を飛行機の材料に使っていたらいつの間にか更地になっていた。多少ガタついているがまあ大丈夫だろうとハローは頷く。


「さーてと……」


 天候は良い。はるか遠くまで抜けるような青空が続いて、風も殆どない。大げさかもしれないが空が旅立ちを祝福してくれているような気さえした。

 あとは、飛び立つだけである。


「よし! 燃料燃料!」


 この日の為に島の各所の自動車からガソリンを集めてきた。多少色が黒く変色し、刺激臭もするがまあ大丈夫だろうと何となく判断して持ってきた。

 足取りを弾ませながら屋内にガソリンを取りに行く。と、その時足元の石が小さく転がった事に気づいた。 

 次の瞬間、大地が小さく跳ねた。


「っ!」


 地震。地面が震え、オンボロの居住区の外壁や屋根がぐらぐらと揺れる。しかしそれもほんの十秒程度で収まり、僅かの間にそれは収まった。


「地震か……小っちゃかったな」


 一応頭を隠したハローだが震度自体は恐らく大したことはなかっただろう。

 安堵し、燃料を取りに行こうと考え付いたその時、背後でガシャンという地震よりも遥かに大きな金属の崩れ落ちる音がした。


「…………待って」


 信じられない思いで後ろをゆっくり振り返る。

 そこには先ほどの地震でバラバラに崩れ落ちた飛行機の残骸があった。


「嘘でしょ⁉」


 さっきまで飛行機があった場所で鉄くずが山を築いている。ハローが三か月かけて作った魂の傑作が跡形もない。


「なんでだよ! あんな小っちゃな地震で⁉ 嘘でしょ⁉ 嘘、でしょ……?」


 へたり込み、崩れて割れた尾翼を手に取り呻く。

 自分なりに頑張ってきたつもりではあるし、海の向こうに行きたいという決意も本物だ。だが流石にこれは少々心にクる。


「やばい……泣きそうだ……」

『何をしているんデス?』

「わあ⁉」


 いつの間にか後ろに立っていたアルゴに声を掛けられ素っ頓狂な声を上げる。

 そこにいたのはアルゴ。アイレンズしかないくせにどこか呆れている様子が分かる。


「な、ななな何してんの⁉ いつからそこに⁉」

『ついさっきデスが……』


 アルゴの視線がバラバラに崩壊した飛行機の残骸の方に向く。


『三か月かけてゴミを作っていたのですカ?』

「お前言っていい事と悪い事があるよ⁉」


 何の遠慮もない直球な言葉だった。


「仕方ないじゃん! アルゴは見てなかったかもしれないけど、さっき地震が来るまではそれはそれは立派な飛行機がそこにあったんだから!」

『地震が来た程度で崩れ落ちる物を飛行機とは呼びまセン』


 アルゴはまっすぐにアイレンズでハローの顔を覗き込みながら問いかける。


「何故接合部を溶接シナイ? 翼や機体も重たすぎマス。どうして中抜きしないのですカ」

「な、中抜き?」

『それに燃料ハ? 何でエンジンを動かすつもりだったんデスか?』

「ガ、ガソリンを町の車から集めてきて……」

『そんなもの腐っているに決まっているじゃないデスカ』

「ガソリンって腐るの⁉」

「それにワークローダー用のエンジンで空を飛べるわけないでショウ。手を抜いているのデスカ? あと滑走路も短いデス。それに――」

「も、もういいもういい!」


 止まらないダメ出しにハローの方から泣きが入った。


「なんなんだよもーっ! いいよもう! どうせまた反対しに来たんだろうけど無駄だからね! 僕は何が何でも海の向こうに行くんだ!」

「ええ、そうしてくだサイ」

「え?」

『私も手伝いマス。このまま一人で頑張っていても、いつまで経っても向こうにはいけまセン』


 急なアルゴの言葉にハローは困惑する。この三か月まるっきりかかわってこようともしていなかったのに、どういう風の吹き回しなのかと訝しむ。


「な、なんだよ……何が目的なのさ。急にそんなこと」

『目的などありまセン。ハローが本気だと思っただけデス』


 そう言ってアルゴはバラバラになった飛行機の残骸を拾い上げる。


『知識も何もない、しかし衝動だけでここまで形として組み上げたのデス。ここまでされて手伝わないのは親ではありまセン』

「アルゴ……」

『それと、根本的にハローが絶望的に頭が悪くて見ていられませんデシタ』

「アルゴ!」


 本当に喋れるようになってからアルゴは口が悪くなった。


「ま、まあいいや……それじゃアルゴも、僕に協力してくれるって事でいいんだよね?」

『はい。私の全機能を総動員してハローをサポートしマス』

「そっか……よし!」


 何はともあれ、アルゴが協力してくれる。正直な話自分一人では限界を感じていたというのも事実だ。行き詰まりから脱せられるのは助かる。


「それじゃあ飛行機制作だね! 出来たらすぐに出発だ!」

『馬鹿なことを言わないでくだサイ。飛行機ができたからと言って、ハローは操縦できるのデスカ?』

「え?」

『ゼロから航空力学的に安全に飛行する機体を作るのです。それに、ハローが操縦できるように訓練し、海を越えても物資のない状態で生き残る術も身につけなければなりまセン』

「そ、そんな! 僕は早く海を渡りたいのに!」

『安心してくだサイ。七年以内には、世界中どこへでも飛んでいけるよう私も努力しマス』

「七年ンン⁉」


 こうして、ハローとアルゴの人工島脱出計画は本格的に始動した。


 この時、何故七年なのかと少しでも疑問に思っていれば、結果はまた違っていたかも知れない。


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