Hello World 4
【脱出開始、五日目】
ハローが目覚めたコールドスリープ管理施設、ハロー自身はそこを単純に施設と呼んでいるが、そこには元々何万人もの人間が暮らしていた。
また何千人もの人間がコールドスリープに入っていた事から、本来はそれらの人間全ての生活を支えるだけの資源や設備が存在している。
結果的に時間が経ちすぎて生命維持装置は大多数が破損。それによりほとんどの人間は目覚めることもなく、ハローだけが残された為食料の生産プラント、居住区は現在、数千人分の設備をたった一人と一機のロボットで寡占している状態である。
だがここで重要なのはそんなことではなく、多くの人間が住んでいたということは、多くの鉄が残されているということでもある。
「オーライ! オーライ! はいストップ!」
島の中で唯一緑の途絶える区画、旧工業地区に自動運転システムを搭載した二台のワークローダーが踏み込む。
大小様々な機材が鉄くずとなって打ち捨てられ、幾星霜の時間が経っても未だにそこら中に転がる重金属の影響で草木はまばらにしか生えず、自然に飲み込まれる島内でその一角は異質な風景が広がっていた。
「はいはーい、じゃんじゃん運んじゃってね」
打ち捨てられた資材をサブアームを搭載したワークローダーが掴み、それをもう一台の積載用ワークローダーに積み込んでいく。
ものの十分ほどで三百キロ近い鉄材を積み込み終わると居住区への移動を開始。ハローもそれを見計らって積載用ワークローダーのキャタピラカバーの上に飛び乗る。
「うん、けっこー順調かな」
【脱出計画、十日目】
「よいしょっと」
ワークローダーがガタガタと悪路を進み、積み込んだ鉄材を下す。五日かけて山と積まれた鉄くず達を見上げてハローは満足げに頷いた。
「よし! いい感じ!」
ハローがいるのは旧コールドスリープ施設居住区、その隣に併設されている生産プラントだった。
居住区はドーム状の天蓋に五階建て、直径五百メートルの五角形の建造物だ。巨大で平べったいそれは一見すると巨大な水滴のようであるが、足りない資材を使わない居住区からアルゴが切り崩していたせいで、建物はかじったクッキーのようになっている。
だが幸いにも居住区はほとんどが壊滅状態ではあるが、食糧生産プラントは十全に機能しており、また工業用生産プラントは現在もそのほとんどが無事だ。その辺りはアルゴが生存に必要な区画を選択し、管理してくれていたお陰である。
そしてこの居住区を維持するための要、三フロア吹き抜けで作られた工業用生産区画である。
工業用とは言っても、配管やダクトなどは存在せず、あるのは腕と極細のマニピュレーターで設計された精密機械組み立て用ロボットと、機材搬入用の自動操縦ワークローダーがたくさんに統括用のメインコンピューターとコンソール。そして乗用車一台分ほどもある巨大な3Dプリンターが多数である。
コンベアーによって運ばれていく集めた鉄材は熱によって焼却、余分な有機物やプラスチックを選り分け、様々な部品を印刷するための素材へと加工していく。
本来施設を維持するための機械や資材を加工印刷するための設備だ。資材の分解から印刷までをオートメーションで行い、長くアルゴによって改修を続けながら整備維持されてきた施設の心臓部である。
――形が分かっていて素材があれば何でも作れる。実際アルゴはこれで自分の増設用スピーカーを作ってた……。
確かに金属を打ち出したり加工するのは難しい。だがこれなら飛行機を丸ごと一機、印刷してしまえる。実際3Dプリンターが開発された当時は、設計データさえあれば銃でも機械でもスイッチ一つで印刷できた。
「とは言え……流石に飛行機の設計データなんてないよね」
コンソール上のデータバンクを検索しながらハローは嘆息する。そこにあるのはワークローダーであったり医療器具であったり、あとはフライパンだのナイフだの生きることに必要な物の設計図ばかりだ。それはそれで必要なものではあるが、流石にいくらそれらを積み重ねたところで空を飛べるはずもない。
しかし幸いにも飛行機の情報自体はいくらでも存在し、また大まかな構造なども残されている。そして丸ごとは不可能だがパーツごとの印刷であればハローでも行える。
要するにここからは、トライ&エラーの繰り返しとなる。
アルゴはあれ以来、まともに会話してこようとしない。ロボットのくせに喧嘩をすると妙にこじれて長引くのだ。しばらくはまともに話せないだろう。
「ふん、いいさ。僕一人でなんとかできるしね」
溶解し、成形されていく鉄材を眺めてハローは鼻息を鳴らす
九歳、そろそろ親離れする時期なのだと、全て完璧に片づけて高笑いしてやろうと心に決めた。
【脱出計画、18日目】
『で、上手くいっているのですカ?』
「うっさい……」
居住区の中でまだ原形を保っている貴重な居住区の一室でアルゴとハローは顔を突き合わせる。
食事の時間(とは言ってもアルゴは眺めているだけだが)は一緒に、というのはハローが物心ついた時にアルゴが教えたルールであり、喧嘩している今でも日が暮れるころには一緒に食卓についている。
使う人間のいない二段ベッドと簡素な金属製の椅子と机しかない殺風景な部屋、普段ならハローが絶え間なくアルゴに色々と一方的に話しかけ続けているので、食事の時間もやかましいぐらいなのだが、今は当のハローが押し黙っているせいで空調ダクトの重たい音が響くばかりだ。
ハローがこの島を出たいと言い始めてから十八日目、工業生産区画の設備を使って色々とやっているようだが、恐らく成果らしい成果は出ていないだろう。それはハローの不機嫌そうな態度と、体中の青痣や傷を見ればわかる。
『その傷はどうしたのですカ?』
「この間の地震のせいで怪我した。そんだけ」
不機嫌そうにそう言いハローはドライフルーツの練りこまれたレーションを齧る。恐らくは航空機をパーツごとに印刷しようとしているのだろう。しかしパズルではないのだ、いくら大まかな形が分かっていたところで別々に作ったパーツを組み合わせられるようにするなどそうそう出来ない。そして出来たとしても設計図のない機械の組み立てはデータがない以上アルゴ以外では機械を使って組み立てられない。なので人力に頼らざるを得ず、鉄の塊を子供の力で運ぼうとすれば必然的にああなる。
そして、仮に何とか飛行機の形に組み立てられたとしても恐らくそれは……、
『ハロー、諦めたらどうですカ?』
「……何?」
諭すハローにあからさまに不機嫌な態度を返す。こういうところはやはり子供だ。
『やはり色々と無理がありマス。大怪我をしてしまう前にやめた方が――』
「アルゴ」
アルゴの言葉を遮り、ハローは鉄製のカップに注がれた水を飲み干す。そしてカップを机に上に音を立てて置き、
「続き……やってくる」
そう言って部屋を後にした。この所は睡眠時間も削って作業に没頭しているらしい。
『……』
ハローの食器を片付けながらアルゴも部屋を出る。
こちらはこちらで調べなければならないことがあるのだ。
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