Hello World 3
【脱出開始、1日目】
痛めていた足もすっかり治った。日常生活はもちろん走り回っても支障がない程度まで回復した現在、この島を脱出するためにまずどうやって海を渡るかを考えなければならない。目指す場所は水平線の遥か彼方。影も形も見えない大陸である。
だがアイオライトは確かにあると言っていた。存在が確定しているのはかなり大きく、そしてアイオライトの飛び去って行った方角からどこに向かうべきかということも分かっている。
そして幸いにも、ハローは泳ぎが得意だ。
「よし、行くか!」
上着を脱ぎ、アンダーウェア一枚になって準備運動をする。浜風を受けながらハローは大きく伸びをして、
「しゅっぱーつ!」
『やめなさイ!』
「へぶっ⁉」
浜から海へと飛び込まんとしていたハローの頭を、金属の腕が鷲掴みにした。
「いたたたた! 離してアルゴ! なんでそんなことすんのさ!」
『ハローが馬鹿だからデス!』
ハローの頭を掴んでいるのはアルゴの体から伸びたサブアームだった。三本の爪ががっしりとハローの頭を掴み、動きたくても動けない。
「あれ? ていうかアルゴ、喋ってる?」
『話せるようにスピーカーを増設しまシタ。この間の一件で、きちんと言って聞かせないとハローは無茶をすると分かったノデ』
「無茶なんてしないよ。僕はただ泳いで向こうへ渡ろうとしただけで」
『それが馬鹿だと言うんデス!』
「いだだだだだ! 頭蓋骨のめり込む音がああああああああ!」
金属アームに頭を握りつぶされながて悲鳴を上げるハロー。しばらくそうしていたところでようやくハローを開放したアルゴは呆れたように言った。
『いいですカ! やる気を出したのは素晴らしいデス! 目標を持つこともいいデス! しかしだからと言って向こう見ずな事をして怪我をされては困るのデス!』
「むー……』
納得がいかずむくれるハローに、アルゴは呆れ気味に問いかける。
『まったく……無茶なことをしないでください。そもそも渡る渡ると言っていマス、その為に考えなければならない事があると分かっていますカ?』
「はい! 次にお姉さんに会ったときに、なんて言っておっぱい揉ませてもらうかだよね!」
『馬鹿が喋るナ!』
喋れるようになって分かったが結構アルゴは口が悪い。
『そうではなく、海を渡る手段はどうするのかと聞いているのデス?』
「泳ぐんじゃ駄目なの?」
『論外デス。泳げる距離ではありまセン』
「えー? そんなに広いの? 僕は泳ぐの結構得意だよ?」
『……ハローが機械ならCPUを増設して解決できるのニ』
何だか知らないが呆れられてしまった。
「それなら船は? 船なら燃料だってたくさん積めるし行けるんじゃない?」
『それも難しいデス』
そう言ってアルゴはアイレンズを沖に向ける。
『過去、世界中の海はメタンハイドレードの鉱床として海底開発が続けられていまシタ。その影響で世界中の海域で不規則に大量のガスが放出されており、まともに食らえば船舶程度簡単に転覆させられマス。現在では船という手段自体が危険極まりないのデス』
「ふーん、だから泳いでいくっていうのに反対していたんだね」
『それは関係ないですガ……』
アルゴの言葉を聞きながらハローは少し考える。
「じゃあ、空から行くしかないか」
『……』
ハローの言葉にアルゴは沈黙する。サブアームの指先が、アルゴの心情を示すように僅かに揺れた。
『お姉さんも空からやってきて空から帰っていったんだし、そっちの方が理に適ってるのかもね。それじゃあ空からにしよっか』
『無理デス』
ハローの言葉をアルゴは即座に否定した。
『船ですら作ることができるか怪しいのデス。飛行機のような複雑な構造の機械など作れまセン』
「そう?」
『当たり前デス。それに技術的な問題だけでナク、資材も足りまセン。燃料も足りなけれバ、操縦するための訓練も難しイ。あらゆる面で見て不可能デス』
「うーん……」
アルゴの言葉を聞きながらハローは少し考えこむ。
「そうかもしれないけど……とりあえず色々と試してみるよ。僕もちょっと考えが――」
『ハロー!』
ハローの声を遮りアルゴが声を荒げる。合成音声である筈なのに、そこに滲む感情が伝わってくる気がした。
『お願いですから無茶はしないでくだサイ。心配をさせないでくだサイ』
「えー?」
『ハロー』
「やだよ。僕は行く。アルゴのお願いだってそれは聞きたくない」
ぷいっと顔を背けるハローにアルゴはアイレンズを少し下げる。人間でいうところのため息のようなものなのかもしれない。
『なら勝手にすればイイ。私は手伝いまセン』
「はいはーい」
ぷらぷらと手を振りハローは背を向ける。元より賛成されるとは思っていなかったし、反対されても自分一人でやるつもりだった。
――それに、飛行機を作るっていうのは多分どうにかなりそうだしね。
アルゴの増設されたスピーカーを横目に見ながら胸中で呟いた。
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