18 黒い部屋での二人
ダメージはないが、念のためにと休まされた学校。なんだかズル休みをしている気分だ。
そうして眠って朝8時。自分は端末の着信コールにて呼び起こされた。
「もひもひ?」
「……無事ね。良かったわ」
「ん? どうした氷華。なんかあったのか?」
そう言うと、彼女はとても良い声で。
「それは、こちらの、台詞、なのなけれど?」
と言ってきた。
「いや、なんぞや?」
『おそらくは朝7時からの1時間ずっとマスターが起きなかったことが氷華様の危機感を煽ったのかと』
「あ、心配してくれたのか。ありがとう」
「勘違いしないでほしいのだけれど」
「私はもし貴方が死んでたら自刃するつもりだっただけなの。それだけなのよ?」
「待てや頼むから。色々飛び越えてくるな。もっとゆっくりな」
「え、私あまり特殊な方ではないからゆっくりとした死に方だと普通に苦しいだけなのだけれど」
「そっちじゃねぇですよ! 死なないでって事! 俺、無事! 親父、病院来た! それで察しろ! 俺がどうにかなってたら親父がまともな訳ねぇだろうが!」
「見た目がまともだったから痩せ我慢かと思ったの」
「いや、それはちょっと待てや」
親父全然大丈夫じゃねぇのかよ! 手術を控えた奴に負担かけてんなや!
『普通、息子が殺し合いをしてきたというのにまともなままでは居られないと思うのですが』
それでもまともでいるのが医者の仕事だろうに。まったく親父め。嬉しいじゃねぇか畜生。
「あなた、今にやけてるわね?」
「あ、わかる? わかる?」
「痛いほどにね。そのにやけの原因が私じゃない事で嫉妬に狂いそうだわ。なので一緒になにかしましょう」
「つっても出来ることなんざねぇぜ? 今もうリンカー以外のVRダメだろ? 脳内物質がどうたらで」
「なら、一緒に映画館デートといきかないかしら? 無様な雑兵たちの死というタイトルの」
「あー、了解。黒い部屋で駄弁ってるか」
「じゃあ、待ってるわ」
そんな訳で、《Echo World》へとログインすることになった。
⬛︎⬜︎⬛︎
「「うわ、ひっでぇ」」
そんな言葉しか浮かばなかった。
敵の戦略は、完全に崩した。だから、あとは数の暴力で死ぬだけだったのに、あそこから自分の技量だけで切り抜けたのだ、このシャドウサーバントとやらのゲートはモンスター生成能力と見て間違いはない。それ以外の力なら、幾度も訪れた危機に対してとっくに使っている筈だから。
そして、剣の技量はさほど高くない。ラズワルド王なら火かき棒でも倒せたと思うくらいだ。
だが、とてつもなく生き汚い。時に死んだままのモンスターの死体の中に隠れたりもしていた。すげぇわこの執念。
そして、短期戦型のゲートが崩れ始めてから奴は攻撃を始めた。
黒く光る剣での攻撃。これは生命の属性が堕ちた姿だろう。これも
「えぐいわね、この伸びる剣」
「だな。的確に伸ばして使ってる。もはや銃みたいに考えて方がいいなコイツのは」
「あ、この人死んだ。次ね」
「じゃあこの人か」
そうして見ていくと、そこは図書館だった。マスタードさんたちは噴水リスキルだったので、この人たちがラストワンだろうか。
「特に面白いものはないわね。本の内容はこの国の神話みたいだし」
「だな。たまたま拾った剣が大魔を倒し得る聖剣だった。けれどそれを失った王はそれでも高い続け、“守ると決めた時に握る剣こそ聖剣なのだ”と高らかに叫んだ、か」
それが、この国の建国神話なのだとか。つまりコレが、王族の方々が妙に強いことのルーツなのだろう。
まぁ、事実から逆算した創作なのかもしれないがその辺はどうでもいい。ここに敵の情報が乗っていないことが不自然だった。
こんな凝った作りのゲームであるのに、敵の存在にフラグがないなんてのは勿体無いだろう。設定資料の一つや二つ置いておくのが遊び心だろうになぁ。
「ねぇ、タクマくん」
「どうした?」
「今朝会ったこと、話してくれるかしら」
「……変な、信じられないような話だぞ?」
「私、貴方になら騙されても良いと思ってるのよ?」
「こっちがやだわ。人間としての情がない訳じゃないんだぞオイ」
「知ってるわよ」
「……正直、何が原因かとかは分からない。わかんないなりに動いただけだったから」
そうして、ポツリポツリと氷華に話し始めた。今のわからないファンタジー狼、人狼、麻薬のような空間、現実でできた
そして、死んだらこの世界から消えてしまうという現実のこと。
どれも、自分には重い話だった。現実とゲームを混同することで保っていたそれを背負うバランスを、少しだけ崩す。これは、甘えなのはわかっている。だけど、態度に似合わず甘えられたがりの彼女につい甘えてしまう。喜ばせたいなんて言い訳が自分を後押ししてしまう。
だから、デコピンされたときはちょっと驚いた。
「慰めては、くれないんだな」
「貴方は、
「……ああ。俺は、人狼を殺す事が助ける最短路だと信じてた。けど、その俺の思った最短路でも救えなかった人がいて、そこに手が届かないで涙を流す人がいて、いつも通り
そう、呟く。かつて先生は俺に言った。お前は鬼子だと。生まれる時代を間違えたのだと。
それは、とても的を射ている言葉だと思う。だから先生は俺に人のフリの仕方を教えてくれた。
なのに、こんなにもあっさりとボロが出る。
こんなんじゃ、誰かを助けられる人になるなんてのは夢のまた夢だ。大切な人を守れる男になるなど世迷言だ。
両親が死んだ時のように、親父や氷華が死んでもどうでもいいと思えてしまう奴のままだ。
『マスター』
なによメディさん。
『氷華様を見て下さい。貴方が手を差し伸べた最初の一人を』
そんなメディの言葉を頼りに氷華へと視線を戻すと、抱きしめられた。優しく、暖かく、強く。
「あなたが、普通じゃないなんてのはわかってる。それを駄目だと思ってる事も。けど、忘れないで。私は普通の人じゃなくて、おかしいあなたに心を救われたの。だから、全部を否定したままでいないで、私と半分分け合いましょう」
「氷華……」
「もう大丈夫になった。だからお前のその手には乗らないぜ?」
「あら残念。言質が欲しかったのに」
「油断ならない女だ事で」
「だってそれが私だもの」
「本当に強すぎるわお前」
「私は
「ああ、本当にな」
そう言って、氷華は俺に笑いかけてくれた。
それだけで、全てが楽になった。
ああ、本当に、どうしようもなく。
俺は、御影氷華が大好きだ。だから、彼女には生きて、多くを見て、その先で俺と共に生きたいと言わせたい。言って欲しい。
俺の願いは、きっとそう言う事なのだ。
だから、まだ彼女に寄りかかることは許されない。この愛は、破綻者のものだろうけれど真実なんだと証明したいから。
「じゃあ、録画見直すか?」
「そうね、もう少しこっちで戦える人のリストを作っておきたいわ。わたしの燃料は莫大だけど無限じゃないもの」
「だな」
そうして、二手に分かれてそこそこ戦える奴、戦える奴、道場通いの奴を探す。
そうしていると、ワールド開始まであと10時間近くもあるこんな時に、ログインしてくる人がいた。
それも、二人。
一人は、剣道でよく見た顔。子育てサイコのじゅーじゅん。もう一人は、髪色を赤く染めた端正な顔立ちの鍛えられた青年。
そんな二人が、戸惑いながら周囲を見回していた。
「ニュービーか?」
「じゃないかしら。彼らリセットの時間を知らなかったみたいだもの」
「じゃあ、片方知り合いだし声かけてくるわ」
「なら私も行くわ。暇だもの」
「言いやがったぞコイツ」
「レベルが低いのよ。せめてドラゴンは殺せる人までは欲しかったのに」
そうして、「今日も子育てか?」と煽り「……女連れ、だと⁉︎」と驚愕されつつもサイコ野郎と会話を始める。
「んで、平日になにやってんだあんた」
「何って、サボり?」
「流石だわあんた。改めて明太子タクマだ」
「じゅーじゅんだよ。PvPがあったら殺すから覚えておいてね」
「オーケー、暇な時連絡くれよ」
「いつかって今さ!」
「上等!」
そうして素手でのスパーリングを始める俺たち。貫手が鋭くてうざったい。実力は衰えてないみたいだな!
「なんでこの人らナチュラルに殺し合いの相談始めてるの⁉︎」
「VR剣道家ってそういう生き物なのよ。私はMrs.ダイハード。あなたは?」
「ああ、ユージだ。よろしく頼む、さっきこのゲーム買ったばかりなんだ」
「ええ、なら掲示板を見ると良いわ。新規用にそれなりにガイドラインがあるもの」
「……んで、あの2人は止めなくて良いのか? 素手でやり合い始めてるけど」
「大丈夫よ。この空間だとダメージは発生しないもの。じゃれあうには良いんじゃないかしら?」
「俺には殺し合ってるようにしか見えないよ」
「そう? なら貴方は比較的普通の側にいるのね」
そんな会話を横に聞きながら、殺気のフェイントを入れて追い込んだところにシャイニングウィザードを放つ。だが、それを読んでいたじゅーじゅんさんはそのまま空中でサブミッションを仕掛けて俺の技を潰しながら地面に叩き落としてきた。
強いわやっぱ。素手じゃ3分だなこれは。
「うわー、なんか一皮剥けた感じ。そんなやばいのこのゲーム」
「はい。モンスター型が多いんで剣道家の皆さんには勧められないですけど、めちゃやばいです」
「ゲーマーとしては楽しみだなぁ本当に」
そうしてじゅーじゅんさんはユージさんと共に掲示板などでこのゲームのいろはを学んだり、デブリーフィングを見て次の作戦を予習したりしていた。
あとはじゅーじゅんさんが
「明太子、シリウスってコレ?」
「そうですよ。群狼がちょい大きい狼か合体巨大狼。それのフルパワーが天狼です」
「……影だけだったけど、確かにコイツだ! この狼が!」
「うん、モデルの出所を探るので良いのかな? じゃあ僕休憩終わりだから、サボり組はゆっくりしてると良いよー」
「……いや、誘ったのあんたでしょうに足柄さん」
「じゅーじゅんね。今はあくまでプライベートな休憩時間だから」
「……はい」
そんなのを最後に足柄さんはログアウトしようとした。しかしそれに待ったをかけたのがダイハード。
「すみませんじゅーじゅんさん。獲物はなんですか?」
「あ、アレの関係で奢ってくれるの? じゃあメイスをお願い。重心は先端寄りで頑丈なやつを」
「なら、この鋼のメイスをどうぞ」
そう言って、300ポイントのちょっと良い武器をじゅーじゅんさんは受け取る。リワードポイントでのお買い物は、他人に渡すことが可能なのだ。
「ありがとー。今夜は定時だから仮眠室使って普通に遊びに来るよ。頑張るからよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
「なや、俺も落ちるわ。途中からでも学校行っときたいし」
「「なんたる真面目さ⁉︎」」
「普通だろ!」
そう言ってユージさんはログアウトする。
なんだか、頼れる大人が援軍に来てくれたようだった。
「どう? まだ何か無駄に悩んでる?」
「いいや、もうなんかどうでも良くなった。今は学校サボってゲームを楽しんで、ついでに鍛えて、ついでに狼の謎を解く。その全部を目的にしてもやること一つとか簡単だな!」
「ええ、それくらい単純な方が良いわ。フリでしか悲しまないのなら、全力でフリをしましょう。それが心になるまでずっと」
その言葉を貰って、俺はまた笑った。
この黒い部屋での無粋なデートは、案外良い感じになりそうだった。
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