17 思わぬ再会/再びの事情聴取

「生きてるか? お兄さん」

「……ああ、俺はな」

「そっか」


 虚空を抱きしめ、涙を流しながら彼はそう言った。


 その目に、怒りを抱いたままに。


「とりあえず、警察呼びますね。1回目の時間でお世話になった刑事さんがいるんです」

「……頼む」


 そうして、渡された連絡先からジョー刑事の携帯へと連絡を入れる。


「坊主! 無事か!」

「どうも刑事さん。なんとか無事ですよ。……中心はホテル街、ホテルMIKADOから正面側に30メートル。そのあたりから半径3キロメートルくらいに空間ができて、時速1キロ程度で広がって行きました」

「それで、今お前は?」

「その中心近くにいます。パトカー出してくれると嬉しいですね。ついでにオオカミ少年扱いしないことも」

「……上を説得できる証拠がねぇ。現場の辛いところだよ」

「まぁ、その辺りはお任せします。とりあえずパトカーお願いできませんか? ショックを受けてる人がいるんです」

「何があった?」

「目の前で、人が死にました。そして、その死体が消えました」

「……冗談だったら、お前の事は冤罪ぶっかけても院に入れるぞ」

「あいにく、そこまでジョークに命かけてませんよ」

「わかってるさ」


 そうして、ポリスロボとパトカーがすぐにやってきた。元からこの辺りに通信障害云々の捜査の手を入れていたのだろうか? 

 そうしてポリスロボを観察すると、いつかのお人よしっぽいお巡りさんの顔がディスプレイに見えていた。


「君は! またかい! 深夜の僕の仕事を増やさないで……何があった?」

「人が、死んで消えました」


 答えたのはお兄さん、俺とは違ってまっとうに命が失われたことに悲しんでいる。本当にいい人だ。


「確認するよ、君たちはさっきまでこの通信障害区域にいた。そして、そこで人が消えるのを見た。それでいいかい?」

「違います。殺されて消えていったんです!」

「殺されたって影の狼にかい? あいにくと一般的警察官はオカルトは信じてないよ。だから君は相当おかしい奴だと思われると思う。それでも……」


「君は、君の責任でそれを証言する覚悟があるのかい? 君だってまだ高校生の子供なのに」


「あります!」

「即答かー、若いって凄いねぇ」

「お巡りさんもそんな老けてないじゃないですか」

「いやいや、精神的な話だよ。学生って凄いのかな?」


 そうして、お巡りさんの巧みな話術により俺とお兄さんは心のダメージを思い出す事なくすらすらと話とお兄さんの連絡先を書き出していた。


 改めて見ると、この人の緩さは演技入ってるなと思う。自称“付け上がってる人を捕まえるのって楽しいよね! ”と言って警官になったという話を聞いた教習所でのランカー争い相手“じゅーじゅん”さんを思い出す感じの人の良さだ。顔もどこか似てる。あの人初心者が殻を取るまではとても丁寧に接するから。


 殻が剥けた後は教習所のルールに則って情もなく動くようになるサイコ野郎だけども。


「所でさ、Echo Worldって知ってる?」

「……すいません、知りません」

「あ、プレイしてます俺」

「君は知ってるから。……とすると、やはり偶然?」

「多分違います。この人が看取った消えた人は《Echo World》を知ってます。じゃないとあの影の狼を見てなんて言葉は口に出さない」

「シリウスって星のことじゃないよね」

「ゲームで出てきた、狼のボスの事です」

「なるほどね。うん、よくわかんないから調書だけ上げとくよ! ごめんね、最近ウチの署に来たスモーカーがそんな事調べててさ。なんでもVRが悪い! ってタイプなのかな? 面倒な人だよ本当に!」

「は、はい。どうも」

「じゃあ……今日の事は置いておいて、ちゃんと布団かぶって横になる事。分かったかい? 証言者くん?」

「ありがとうございます」

「じゃね。詳しいことはまた後日ってね!」


 そう言って高校生さんをパトカーに乗せるポリスロボさん。


 しかし、彼は振り返ってこう名乗った。


乾勇治いぬいゆうじだ。君の名前を聞いても?」

「めんた……じゃなくて風見琢磨です。今度会うときは平和な日常か馬鹿なゲームの中であることを祈りますよ」

「……ああ。そうだな」


 そう言ってパトカーの自動運転により乾さんは送られていく。


 そして、なんだか睨んでくるポリスロボお巡りさん。


「明太子だな?」

「子育てサイコかお前」

「……僕は興味本位でEcho World始めようと思ってる」

「俺は明太子タクマで変わらないよ」

「じゃあ僕も前と同じでいいかな。……近くにこんなのがいるとか、僕の勤務地不幸だと思うなーコレは」

「大丈夫、リアルの俺ガチに病弱野郎だから」

「本当に?」

「本当本当、嘘つかない」

「まぁ、記録撮られてるからこの辺で。じゃね。またやろう」

「はい。また」


 そうして、じゅーじゅんさんはポリスロボで帰っていった。


「んじゃあ帰るか」

『はい。しかしよろしかったのですか?』

「大丈夫。あのサイコは頭おかしいけど信じられる人だから」

『男同士の友情ですか』

「まぁそんな感じで」


 そう言ってベビーカーにのって家に帰る。さて、流石に今日のはニュースになるし親父にも連絡が行くだろう。果たしてどうしたものやら。


 ⬛︎⬜︎⬛︎


 翌日、2時間ほどしか眠れずに寝不足の俺は、やってきた刑事さんと帰ってきた親父のバッティングに頭を痛ませていた。


「何やってんすかジョー刑事。普通に入ってくださいよ。詳しい話聞くんでしょう?」

「ああ。だけどお前さん本当にゴッドハンド風見の義息なんだな」

「……タクマ、このヨレヨレはお前の知り合いか?」

「昨日の通信障害の時にちょっと助けて貰った刑事さん」

「なんだ現場か」

「いちおう警部補なんて階級貰ってますよ。警視庁特殊技術犯罪課の栗本です。今日は朝早くからすいません。お子さんに聞かなくてはならないことがあるので」

「同席するが構わないな?」

「もちろん。大人としてはもうこれ以上足を踏み入れては欲しくないんでね」

「言っとくけど被害者ですからね俺」

『はい、クラウド、外付けストレージ、全てに記録は残せませんでしたが、私は事件を記憶しています。映像、音声などの情報はどうやっても引き出せませんが』

「構わんさ。どうせまだ与太話としか見られねぇ」


 ジョー刑事はそう言った。


「とりあえず上がってくださいな。お茶でも出します?」

「よろしくお願いしますよ先生」

「……承知した」


 そうして、態度が悪い親父(間違いなくめちゃ心配してる。ちょい嬉しいぞ)と、それを見抜いたと思わしきニヤニヤがうざいジョー刑事がリビングへと入った。


「それじゃあ、昨日のことを教えてくれませんか? 風見琢磨くん」

「はい。つっても今回も意味わからないんですけどね」


 ⬛︎⬜︎⬛︎


 そうして俺は昨日のことを話した。


 殺した狼は3匹、いずれも少なくとも1匹は1人以上食ってる。

 殺した人狼は1匹。影じゃない奴を殺せばあの空間は解けるという事。

 ゲームで学んだ命の力、そして武器はあの空間でも使えてしまったという事。


 そして、目撃した死者は直接的に1人、直接的に見ていないがもう1人いる事。


「……お前さん、淡々としてるな」

「……ゲームと現実の区別がつかない昨今の少年としては、自分が死んでないのでプラス評価なんですよ」

『細くしておきますが、マスターは人でなしである事を自覚しています。だからこそ、今回の件では最速での事態の解決を目的として動きました。そこは、健康管理AI“メディ”の名において保証します』

「人でなし言うなし」

『はい。訂正します。人の輪の好きな人でなしですね』

「お前は……」


 そうして話を聞き終えた2人は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。そして親父は、さまざまな思いを込めて俺の頭に手を置いてくれた。


 とても、暖かかった。


 この事を後で聴くと“引っ叩いたんだよ”と言うだろうから、しばらくは言及しないでおこうとは思うけど。


「……消える死人見たところ、消える死人のいたようなところ、それぞれ地図に出せるか?」

『お安い御用です。ジョー刑事』


 そうして渡した地図データには、ついでに初期のエリアと中心点など、とにかく書けるだけの情報を書き込んだものだ。


「お願いしますよお巡りさん。じゃないとまた殺されかける」

「分かってるさ。誰が企んだ事かは知らねぇし、どんな裏があるのかも知らねぇが」


 そうしてARタバコを吸ったジョー刑事は鋭い目でそれを宣言した。


「必ず報いを受けさせる。安心して良いぜ少年、この件は必ず警察がなんとかする。この国の法律には“狼を放って人を消して良い”なんて法律はないからな」


 そうしてジョーさんは帰っていった。


「多少は見るところのある男だったな」と父が、『同感です』とメディが、「正義のC調刑事だな」と俺はふざけて口にする。


 そんな風にふざけていると、自動調理機の終了音が鳴る。せっかく家族が揃っているのだから、朝食にするとしよう。

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