16 人狼たちとの現実
「滅んだ世界の残響があなた方の世界に響いてくることもあるでしょう。くれぐれも夜道にはご注意を」
⬛︎⬜︎⬛︎
そうして、RTA会議が終わり、流石に疲れたのでガチ眠りする事にする。動画のチェックは別に良いだろう。
そんな事を考えて、目が覚めた時には。
「メディ!」
『たった今からです! 周囲の警戒と武器の確保を』
「武器なんざ果物ナイフくらいしかねぇよ! 流石に脆すぎて逆に邪魔だわ!」
『どうしますか⁉︎』
「ベビーカーにエンジン! パトランプでご近所迷惑しながら通信障害の外に出て通報! 問題は⁉︎」
『バイクのバッテリーは満タンであり、24時間の連続走行が可能です。外には十分逃走可能かと。しかし!』
「よし、逃げるぞ……ッ⁉︎」
瞬間、俺の顔面に衝撃が走る。
ぶつかったのだ、家の中で。
見えない、壁に。
やめて欲しいぞこの野郎、この現象って逃げられないタイプの奴なのかよ!
『マスター、ベビーカーとリンクが繋がりません。家の約半分の家電ともです。家が、途中で切り離されたのだと』
「くたばれファンタジー!」
そう言って壁を殴りつけようとしたら。
拳のインパクトのポイントが数mm単位だがずれていた。
「……メディ、リンクが新たに繋がる家電って増えてたりしてるか?」
『……はい。新たに一階のスピーカーと繋がりました』
ヤバイ。その言葉しか浮かばない。
だが、この世界は所詮
思考を止めるな。何をするべきかを考えろ。
「メディ、壁の広がる時間を計算できるか?」
『はい。時速1キロ程度です。毒のように広がりますねコレは』
「ベビーカーは待てない。外行くぞ!」
そうして部屋にある昔使っていたプロテクターの脛当てと学校では買わされただけの体育館シューズだけを付けて外に出る。体用のプロテクターはもうサイズは合わない。服にしたところで寝巻きから着替えても対して防御力は上がらない。なら、脛当てくらいが丁度いいだろう。
そうして窓から外に着地。こちらの目的はもう暗殺に切り替わっているのでパトランプは鳴らさない。
前と条件が同じなら、おそらくコアになっている狼が居る。そいつを探し出して始末する。それが俺にできるこの現実からの最良の逃走だ。
「こういう時、近くに工事現場でもありゃな!」
『残念なことに周辺にそう言った施設はありません。住宅街ですから』
「最っ悪。家の中に出てるなよファンタジー狼!」
そうしてメディを頼りに塀を伝って最短経路を走る。目的は外周の確認。
この空間が円形ならば3点で、正方形なら角から45度に進み中心点を把握すること。おそらく円形なので、目的はほどほどに離れた3点から円の中心を求める事だ。
おそらくコアは、そこにいる。
『移動していた場合は?』
「どうしようもねぇよ! その時は足で探す!」
『了解です。マスター、その道を左に。接触してください』
苛立ちを含めて壁をぶん殴る。全く動きはしない。くたばれファンタジー。
『マスター、冷静に』
「わかってる。あいにくと俺は理性を失ったまま戦えるほど強くはないからな」
そうして再び走る。数軒家を超えたあたりで、咀嚼音が聞こえてきた。
叫びがないということは、もう死んでいるのだろう。助けられはしないのだろう。
「だが殺す」
二階建ての家の屋根から飛び降り、咀嚼している狼に着弾。
硬さは、最初の狼レベル。剣があれば俺は大丈夫だろう。
奴の死ねば死ぬほど強くなるあの性質が無ければ。
『悪手とは思いません。敵の強さを実感できました』
「ありがとさん、メディ。その人……は……」
狼に食われ咀嚼されていたその人物は、まるでログアウトしたかのように粒子となって消えていった。
死人が消えるとは、こういう事なのだろう。
「メディ、とりあえず今はコレを殺すぞ」
『はい。必ず。では、その通路を北に。それで三点取れました。拡大スピードを考慮して中心を計算すると、ホテル街の方に中心はいるかと』
「最悪じゃねぇか畜生が。出るんなら山の中で孤独死してろっての」
そうぼやきながらスプリンターのような走りでホテル街の方へと走る。
そこは、今が午前2時程度だというのに全く明かりが消えていなかった。
そして、最も赤く、叫びに満ちていた。狼達の咆哮、死際の被害者の叫び声。助けてという願い。
それを受け止めて、全て助けるのは不可能だと判断。なので最小限の戦闘で中心に向かう。
「中心までの距離は⁉︎」
『あと1キロほど! 回り道よりも!』
「殺して通った方が速い!」
ホテルのロビーから出てきた狼、ゲームセンターの二階から飛び降りてきた狼、どれにもシリウスの名前は見えなかった。しかし、初日に俺が殺した狼にもシリウスの名前はなかった。つまりあくまで端末でしかないのだろう。
このどっちかがコアであることが最良だが、流石に剣なしで2対1はしんどい。心の中では同数だってのにな!
『では、助けを呼びましょう。私の操るベビーカーでございます』
「素敵ですねメディさん!」
『当然です。あなたのAIですから』
いくらスプリンター並みの力が出せても、それがバイクより遅いのは当たり前だ。
なので、ここからは移動時間を気にしないでやりあえる。
続いて、狼が落としてくれたゲームセンターの椅子が丁度いい位置に落ちている。コレを鈍器として扱うとしよう。
「馬鹿、逃げろ!」
その時、かけられる声。狼は弱きものだと判断し一瞬だけ目を向けたが、俺はハナから無視して椅子を持つ。そして、そこに
そして、俺を見ていた方の狼の噛みつきを体全体でのフルスイングにてぶっ飛ばす。風の刃は表面を削る程度だったが、それでもファンタジー狼を殺す程度は可能だった。
「次!」
「バウッ!」
そうして俺が狼を殺し得ると理解したそいつは、せめてもの道連れにとさっき声をかけてくれた青年に襲いかかる。
なので、その着弾点寸前を狙って椅子をぶん投げる。
追い風に乗ったそれは、風を纏った質量の弾丸と化し、狼に着弾しその胴を抉った。
だが、まだ生きてる。狙いが甘かったのだろう。まぁ椅子投げなんてあまりやらないので仕方ない仕方ない。メンタルリセットついでにトドメ。
「無事ですか⁉︎」
「あ、あんたこそ! 大丈夫なのか⁉︎どうなってんだコレは! あの狼達はなんだ!」
「わかりませんが、敵です。この空間は2回目ですけど、中心になってる奴を殺さないとコレは多分解けません。死にたくないんで、俺はコアを殺しに行きます」
「もっとちゃんと説明してくれ! どうして、あんな風に人が消えなきゃならないんだよ!」
「知らねぇよ! だから必死こいて戦ってんだろが!」
その声にハッとする男の人。一つ深呼吸したら、そこには知性を感じさせる大人の顔があった。
「君はどうして奴らを殺せる?」
「基本的に、殴る蹴るなら通じます。あと、命を纏わせた物で攻撃してもどうにかできます。
「わかった。次に俺はどうしたらいい?」
「逃げてください。情報網がない今だと、守りながらコアを探すなんて俺には無理です。だから、俺はコアを殺す。あなたは命を繋いでついでに偉い人に目撃者として証言する。役割分担、任せていいですか?」
「……ありがとう。君のような子供に全てを任せて、ごめん」
「あなたが俺を助けるように動いたから、少しだけあなたを助けた。俺たちはそれだけです。では」
「メディ、中心は?」
『あそこの角を曲がってすぐです。お覚悟を』
「了解!」
そうしてそこにいたのは。
今日、ゲームで適当に殺した人狼だった。
感覚でわかる。アレがコアだ。
なら、少しふざけてテンションを戻しつつ行くとしよう。
「罠ならそれまで賭けるは命! 決めるぜ特攻俺蛮行!」
『何故にラップか知らないですが、私の心も賭けるは当然!』
「『ノリだけで、命賭けるさ、
「
そうして、
いよいよもって、ゲームの武器が現実に出てきやがったぞ。なんでもありだなファンタジー。
『ですが、20分です。決して逃さないで、確実に仕留めましょう』
そうして、人狼が叫ぶ。すると周囲の狼が集まって人狼に闇の衣、負の生命の
あ、負けフラグの爪だ!
『言ってはなりません。本来の彼ならば使いこなせる獲物かもしれませんよ?』
まぁ、ぶっちゃけると使いこなされようと
「ちょっと速くて強いだけの奴が、そうそう怖いと思うなや! 護衛長がやばかったのは自分の感覚全てが信用できなかったからだからな! お前は普通に殺せるんだよ!」
そんな負け惜しみじみた言葉をかけながら、人狼を観察する。
あの命の鎧は、ツギハギだ。多分だけど狼を取り込まないで群体としての鎧にしてる。その方がパージするのに一瞬早いから。
考えられて作られたモンスターなのだろう。おそらく誰かのゲートの力で。ならば。
とりあえず首を鎧ごと跳ね飛ばそう。ダイハードモードではできなかったが、今なら二つの理由でそれが可能だ。
一つ目は、この人狼に限らずコイツらが弱くなってるからだ。身体能力や、意識の共有の能力など。
でなければ、こいつは俺が角を曲がる瞬間に食い殺すか斬り殺すだろう。
だから、鎧も相応に弱体化しているということ。そしてもう一つ。
身体能力、生存能力はダイハードモードの方が高いと今でも思うが。
こと切れ味については、扱い慣れない他人の命を使うよりもこちらの方が鋭く作ることができる。
だが、向こうのスピードがわからない。追い風を使えば相当な速さは作れるが、かなりの時間を使う。奴を仕留められなかった場合は最悪嬲り殺される。
自分一人なら別に構わないが、生憎と生存者のことを俺は認識してしまっている。そして、俺は俺が人の社会に表面上溶け込むには、彼らを助けなければならないと教え込まれて、理解している。
だから、ここで引く理由はどこにもない。
先の先。それで殺す!
「なんで、なんでシリウスがいるの! 私死にたくない! 死にたくないの!」
「助けてよ! 誰かぁ!」
瞬間、一瞬意識をその方向に向ける。それに反応するのは人狼だった。一足で俺の首を取りに両爪と噛みつきのコンビネーションを放とうとして。
そのまま俺は人狼を見ないでその上半身を斜めに跳ね飛ばした。
なんてことはない、ただの視線を使ったフェイントである。
まさか武器がそこらへんに転がってくれるとは、ありがたい限りだ。今のでコアの人狼が死んだので、さっきの叫びの女性も運が良ければ助かるだろう。
というか、そう祈る以外出来ることないのだし。
そうしていると、バイクの音が聞こえて来る。それに群がる狼の声は聞こえなかったので、コアはこの人狼だったのだろう。もしかしたら人狼アーマーの誰かかもしれないが、それはそれ。念のため両足を切り飛ばして、蹴り飛ばし、周囲を警戒する。
そうしてバイクが来た所で、空間の変化が終わった。
「メディ、あの人生きてるかな?」
『わかりません。しかし、先ほど叫び声のあった場所には青年が行っています。無視しても問題はないでしょう』
「そうもいかない。世界的には狭い日本つってもこの小さなエリアの中に二人もプレイヤーがいる。その事が冗談じゃないなら、それは作為的な物なんだろ? 顔の確認くらいはしておくよ」
そうしてその女性のもとにバイクで向かうと
そこには、何もない空間を抱き抱えるようにして涙を流す先程の青年がいた。
とにかく、この作為はまだ明かされない。それが、近い未来に自分たちを脅かさないことを祈るしか、今はなかった。
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