09 事情聴取01

 何事も(多分)なく。今日も今日とてベビーカーで登校する。

 メディによると、今のところ変死事件なり通信障害なりは発生していないということ。よきかなよきかな。


 つまり、毎晩毎晩狼と殺し合うなんて不吉な活動をすることはないということである。やったぜ。というわけで様子見も終わり、“もし時間があるなら”くらいの緩さで矢車さんにゲームを教えてみる。「このゲームのおかげで狼を殺せました!」みたいな馬鹿らしいポップ風なのは、ノリだ。後悔はしていない。


 そうしていると、なんだかいつもとは違う感じの視線がある。なんだろう、ベビーカーにARペイントでも付けられてる? 


『いえ、確認できるところにはありませんね』


 ならなんだろなー。


「はよー」

「はよー」


 そんな時にやってきたのは大作ゲーマーの一ノ瀬だ。こいつもなんかそわそわしてる。


「なぁ、お前ほんとうに《Echo World》やってんだよな?」

「なんだよ突然に」

「なんかさ、昨日有名な色物VRアイドルの動画でアレが配信された訳よ」

「へー。そうなんだ」

「……なんかクオリティが予想の80倍くらい良いんだけど、何あれ」

「わからん。多分頭の中宇宙人な開発者がいるんだよ」

「真面目に買おうかと思ってんだけどさ、お前案内してくれたりするか?」

「するか。残念なことに俺は王子様暗殺部隊をぶちのめすというオーダーがあるんだよ。こんなヒリヒリするイベント放っておけるか」

「やっぱお前か明太子! お前動画出てんぞ! 10万再生行ってる奴に!」

「えー、大変だ訴えなきゃ」

「ちなみにその投稿者はドリルお嬢様だ」

「……よし、どさくさに紛れて殺そう」

「何その殺る気スイッチの軽さ。人として怖いわ」


 あ、やべ。


「流石に冗談だよ」

「だよなー」

「だって放っておいても多分死ぬし」

「お前は……」

「だって敵のレベルも能力も頭おかしいんだよ! 強すぎて笑うしかないからな!」


 本当に、昨日はやばかった。副長さんは基本強すぎるし、イービーさんはゲートがチートすぎるし。あんなん相手にしたら後ろとか守れねぇよ常識的に考えて。


「……それでさ、その動画におまえととっても仲の良い女の子が写ってた訳なんだが……」

「あー、ダイハさんのこと?」

「お前一体何したらあんな美人に惚れられるんだよ。アレ自然メイクのアバターだろ!」

「……命をかけて剣鬼を一回殺したくらい?」

「知ってた、お前まともじゃねぇよ本当。幸せに爆死しやがれ!」

「あ、興奮すると爆死はしないけど心筋梗塞はあるから程々に頼む」

「そこマジレスやめーや」


 ちなみにあの時の命をかけてってのはガチ。成功の見込みのない手術をどうしたら受けさせられるか悩んだ所で、何をとち狂ったのか勝率100%を誇っていた剣鬼“梅干”先生に果し合いを申し込んだのだ。なんて事を約束した上でだ。


 そして、その生中継での勝負をずっと見届けさせたのだ。氷華に。


 そんなイベントと、新規医療制度のちょっとした悪用とかその他諸々があって、今のもうすぐ健康体のMrs.ダイハードは出来上がったのだったり。


 ちなみに果し合いの結果は2673敗1勝。我ながらよくやったもんである。


 そうしていつも通りに階段待機組と合流して、相変わらずの俺に引きつつも“お前だしなぁ”くらいに思ってくれている彼らは普通に良い奴だと思う。なんでコイツらに彼女できないのかなー? 世の中は不思議だ。


 そうしていつも通りに退屈な授業を受けて、弁当を忘れた事に気付く。


 どうしたものか……


「一ノ瀬ー、金払うから飯買ってきてー」

「弁当忘れたのかよお前。仕方ない、おにぎりを恵んでやろう。金を出せ」

「ありがたやー」


 なんて話をした瞬間、俺の端末にメッセージが届く。校長室に来いとのこと。何故に? 


「すまん、お呼ばれした。悪いんだけど飯の買い出しお願いできるか? ちゃんと金は払うから」

「構わないっての。入学以来の付き合いだぞ」

「さんきゅー」

「じゃあ、ツナマヨで良いよな?」

「頼むわ」


 そうして呼び出されて校長室。ここはエレベーターから距離が近くて楽だ。なので校長はいつか殺す。教室に近く作れやあのフサフサ野郎。


「失礼します」

「あー、お前さんが一昨日狼を見たって子か?」

「オオカミ少年扱いは嫌ですよ?」

「安心しろ、ある程度確証を持って来てる。座ってくれ」

「校長先生、良いんですか?」

「彼はれっきとした警察官だ。安心して良いよ」

「そうですか。なら失礼します」


 そうして目の前の警察の人を見る。コートはヨレヨレだし、若干寝癖も残ってる。けれど、なんだか強い意志を感じる。これがロボット越しじゃないモノホンの警察かー。


「んで、放って置かれると思ってたんですけどどうして俺のところに?」

「ああ。今朝幻痛事件……お前らが見つかった所の近くでぶっ倒れてた奴がマトモ喋れるようにになった。そしたら、どうにも狼に襲われたらしいって言うんだよ本人は。誰かさんと違って、殺せなかったらしいがな」

「明日は我が身ならぬ昨日の我が身ですね。同じこともっかいやれって言われたらそいつを生贄にして逃げるくらいにはハードな出来事でしたよ」

「物騒なガキだ。お前、よく「ゲームと現実の区別がついてない少年」……って呼ばれてるのな。自覚してるのな。……まぁ、今回はそれが良い方に転がったんだろうから特に何も言わねえよ」


「それで、問題は狼の方だ。お前さん、出したデータは調書の時ので全部か?」

「はい。ドラレコと俺の視界のログだけです。けどどっちにも何も写ってなかった」

「……本当に、災難な話だよ」


 そうして刑事さんはARタバコに手を掛ける。構わないと肯くと、一服してスッと雰囲気が鋭くなった。


「お前さん。どうやって狼を殺せた? 身体的にはまともに走ることすらできねぇってのに」

「あの空間、麻薬みたいなんですよ。大して鍛えてない俺でもトップアスリート並みの速さが出せました。力も多分それくらいです。それに慣れて、狼に“命の力”を叩き込んだって感じです」 

「命の力? ゲームじゃねぇんだぞ」

「ゲームのように気合を入れたらできた現象ってのが正しいかもしれません。《Echo World》っていうインディーズゲームでの技術なんですけど、それがあの空間だと使えたんですよ」

「なるほどな……思った以上の収穫だ。ありがとよ坊主」

「あ、それと一応言っておくんですけど」


「あの狼、蹴られた事に対してのダメージはあってもコンクリートに叩きつけたダメージはありませんでした。ファンタジーすぎて意味わかりませんけど、それだけです」

「あいよ。狼がでたらぶん殴れ。良いアドバイスだぜオオカミ少年」


「ならこっちからも一つ教えてやる。あの日、通信障害区域にいた人間は4なんだよ。れっきとした経歴を持つ、ちゃんとした人間がそこにはもう一人いた」


「いったいそいつは、何処に行っちまったのかねぇ?」


 そんな意味深な忠告と共に「じゃあ、またな」と連絡先を渡してからすぐに刑事さんは去っていった。刑事さんの名前は栗本丈くりもとじょう。ジョー刑事と呼ぶ事にしよう。次に会うことがない事を祈るけども。


 そうして、はゆっくりと体を起こす。早く戻らねば昼休みが終わってしまう。


 飯を食べなければ! 


「じゃあ、戻って良いよ風見くん。……というか、こういうのは事前に学校に相談して欲しいんだけどなぁ……」

「え、なんかできたんですか?」

「何もできないよ、悪かったね! 教育者って以外と雁字搦めなの!」

「わかりましたー、程々に頼る事にしますねー」

「ああ、それで良いよもう」


 校長、若いのになんであんな苦労性なんだろ。背筋伸ばせばイケメンって言い張れなくはない容姿をしてるのになー。


 そうして悠々とエレベータに乗り、手すり伝いにえっちらと教室に戻るとそこにはおにぎりの入ってる袋をひらひらとさせてる一ノ瀬がいた


「出迎えご苦労さん」

「おー」


「そんで、何があったん? VR犯罪に手を貸したとか?」

「さぁな。言って良いのかわかんねぇから言わないでおくわ」

「えー、楽しそうなネタなのに」

「とりあえず俺はこの中学で唯一の刑事さんの連絡先を手に入れた男になったと言うことさ! なんか困りごとがあったら俺に相談するが良いさ! 右から左に受け流してなんとかしてくれる!」

「刑事さんがな!」


「所でおまえさん、この聖なる握り飯をどうする?」

「ありがたく受け取らせていただきたいと思いやす。へい」


 というテンションを変えて膝をつき、天から捧げられた袋を受け取る。「なんであいつらあの一瞬からああなるんだ?」とか「やっぱ明太子もいっちーもおもしろいよねー」とか色々言われる。


 だが、これがいつも通りなのだし気にしない。俺も一ノ瀬も結構ノリで生きているのだ。


 受け取った袋の中身はツナマヨのおにぎりと野菜ジュース。こいつ他人の金だからとちよっとお高い奴を買いやがったな! 好きだけど! 


 ドロドロ感がたまらんのよねー。


「へーい」

「へーい」


 端末を翳して代金を精算。まぁ400円以内なので許してやろう。食堂行けたら300円で定食が食べられるのだが、生憎と俺はそこまでの移動でグロッキーになるのでまともに食べられないのだけれど。悲しみ。


「んじゃ、どうする? エコワの話なら多少はできるけど、俺って基本鉄砲玉よ?」

「エコワっておこわみたいだな」

「じゃあなんて略したらいいと思う?」

「……エコワだな」

「だよなー」

「気を衒った略し方が思いつかん」

「俺もだわ」


「んで、どんな話?」

「基本だな。あのゲーム。スキルとか何にもないけど生命燃焼ライフフォースっていう技術があってな。アレが使いこなせないとそもそもコミュニケーションすらできないのだ」

「……は?」

「いや、ゲーム世界での俺たちって幽霊とか透明人間とかのサムシングなのよ。だからそこで形を取るには命の力を漲らせないといかんのですよ」

「命の力ねぇ。チュートリアルとかは……ないんだよな」

「ねぇよ。だから感性と見取り稽古だけで模倣してとっかかりを掴むしかなかったりすんだよなー」

「ちなみに、それを使うとどうなるんだ?」

「ちょっとだけ身体能力が上がるだけ。ただし、武器に力を入れられるようになってからはぶっ飛ぶぞ。馬鹿みたいな切れ味や攻撃力に変わる。しかもその先に力のステージがあって、多分変身して超強化できる」

「変身ってオイ」

「時間切れになるとぶっ倒れるらしいけど、正直強すぎて笑う。約20メートルを一瞬で詰める身体能力強化とか、任意対象以外全てをすり抜ける無敵モードとか」

「ガチにヒーロー変身だな」

「必殺モードって方が正しいかも。まぁ気の遠い話だよ。まだ普通の力すら使いこなせないんだから」

「へぇ」


「ガチにやりたくなってきたかも」

「ま、歓迎するよ。実際手数が欲しいゲームだからな」


 そんな会話を最後に昼休みは終わった。


 そしてぐだぐだと授業を受けて家に帰る。しかしそろそろ真面目に授業の復習をしないとテストが危ないかな? とは思いつつも、テストはまだ遠い話。


 今日はそのまま家に帰ってログインする事にしよう。



 一応ログインする前に刑事さんに聞いた話と、“もしもあの空間に深く関わったら何も残らず消えてしまうかもしれない”なんて妄想を矢車さんに送っておく。これで深入りするようなことはないだろう。俺もする気はもうないし。


 そうやって後顧の憂いを断ってからゲームを再開する。

 アルフォンス護衛作戦、本格的に開幕だ。

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