04 新米騎士アルフォンスの《ゲート》

 南門へと走る最中、背後から馬車の音が聞こえてくる。噂の騎士団がやってくるようだ。


 これは、そう遠くないうちに追い抜いてくるだろう。だが、スタートダッシュはできている。

 VRパルクールで鍛えた走法が火を吐くぜー! 


 と、頑張ってみたが到着は同時。残念。


「お前、鐘は聞いていたよな? どうしてここに来た」

「いや、試し斬りがしたくて」

「殺伐としてるな……まぁ良い。どういう縁か知らぬがその紋を持つものだ、それなりの力になるだろう」

「ちなみに鞘の紋章がなかったら?」

「とりあえず寝かせておくな」

「うわー、あのオッサンに感謝しないといけないとか罰ゲームかよ」


 と、言いながら戦士たちの間をすり抜けて最前線に出る。


 敵は相変わらずの狼。数えるのは面倒だが、だいたい100はいるだろう。


 10倍狼かー、めんどいなーコレ


『ですが、さほど苦にならないのでは? 戦闘経験も数もありますし』


 それもそうだな。100匹全部相手にしないといけない訳じゃないんだし。


 というわけで、わざと突出して囮になる。剣を抜き、腰を落として、視野を広く持つ。うん、パーペキだ。


「馬鹿か! 前に出すぎだ!」

「ご心配なく! これでも結構……」


 やってくる狼の波状攻撃。だが、その速度はもう見慣れている。トップスピードでないなら最短で振るう剣の方が速い。殺すまではいかないだろうが、この頑丈な剣ならば防ぐことは十分に可能だ。


 そう思い剣に生命転換ライフフォースを込めると、とても良い感じに馴染む。予想以上だ。


 故に、受け止めるついでに狼の体に傷つけられたらなーって置いた剣がそのまま狼を両断し、大量の血が体にかかったのは起きたちょっとした惨事だ。


「……強いですから」

「その惨状から目を背けて言うことか⁉︎確かに強さは認めるが!」


 なんて格好つけようとして失敗したことは脇に置いておいて、狼狩りの時間である。今のでもまだ込めすぎだ。今出す力はもっと薄くて良い。群狼になったその時に全力を出せれば良いのだから。


 そして、何故か騎士さんが俺の背後に陣取る。闇討ちか? と思ったが殺気の類は感じられない。


「アレか? 背中は任せるぜ! 的な?」

「その通りだ。君一人でも大事はないだろうが、それで良いと認めるような奴はそもそも騎士団員にはいない。力を貸すさ」

「んじゃまぁ、名乗りをば。明太子タクマだ」

「……面妖な名前だな。ぼ……私はアルフォンス。今は中央騎士団員だ」


 なんか“今は”というキーワードが引っかかるが、それはべつに良いだろう。特に悪党という感じではないのだし。


「じゃ、暴れようか!」

「ああ、魔物にこの門を潜らせてたまるものか!」


 そうして、アルフォンスを背後に置きながら狼たちと対峙する。

 俺を脅威と見たか何匹かの狼が同時にかかってくるが、正直前とは獲物が違いすぎる。丁寧に刃を立てて振れば、向こうのスピードも相まって綺麗にぶった斬れるのだ。前は獲物が手に馴染んでいないという事もあったが、今はそんなことはない。しかも、油で切れ味が落ちるなんてことも今のところ実感できていない。


 生命転換ライフフォース、恐ろしい力だ。これなら鉄パイプで狼を撲殺できて当然だろう。


 ……まぁ、ゲームや漫画の“気”とかと違い、身体能力の向上は全開にしても微々たるものだったのだけれども。


 そんなことを脇に考えられるくらいには、今日の狼は大人しかった。なんというか、普通だ。動きは速いし鋭いが、あいにくとまったくもって怖くない。分身噛みつきなりをまったくやってこないのだ。不思議だなー。


 と、適当に殺しまくっていたら夜が来た。

 天に浮かぶは少しだけ欠けた月。2、3日後は満月か? と思うが、天体にさほど詳しくない自分にはわからない。


 まぁ、急に赤くなる月など不幸の前触れとしか思えないのだけれども。


「気を付けろアルフォンス、本命が来るぞ」

「……空気でわかるさ。大物だ」


 そして、俺とアルフォンスの前から狼が全て消え、少し離れたところに現れた巨大な狼が遠吠えを上げた。


 そして、頭に浮かぶのはこの単語


《群狼シリウス》


「名乗りを上げた⁉︎」

「まぁ、その辺は後で聞くとして。殺して良いよな? ちょっとコイツ関連でムカつく事があってさ!」

「……当然だ。その為に僕はここにいる! 我が母の自由を取り戻す為、消え去れ大魔!」


 足並みを自然と揃えて俺とアルフォンスは駆ける。他の騎士たちはどうにも静観の構えのようだ。何? ハブられてんのアルフォンスくん? 


『あるいは、信頼によるものかもしれませんね』


 そいつは良いね。背中を預けるには十分だ。


「一番槍! 明太子タクマ参上!」


 そう名乗って目立って、狼の右側を駆ける。なんか舐めプして止まっていてくれているので、足を二本ほど貰うとしよう。


 そうして力を込めた臆病者の剣により足を切り裂き、体勢を崩す。その最中にアルフォンスが力を込めたロングソードによりクソ狼の首を取ろうとするが


 当然のように放たれた分身噛みつきによりその剣は止められた。


 まぁ、そこまでは読めていたのでアルフォンスが身体を張って作ってくれたこの隙で命を貰おう。


 殺気だけの幻の剣で胴に斬りかかりつつ、殺気を消した実の剣で首を狙う。どれほどの力が必要かはわからないので、当てた瞬間に全開にする奴をやるつもりで。


 しかし、あろう事かクソ狼は首も胴も纏めて高速バックステップで。狼ってそんな動きできるのね。流石のファンタジー。


「助かった、タクマ!」

「面倒なのはこれからだ! やっこさん、走り始めるぞ!」


 いたの間にやら再生していた右の足を見せつけるように高速で走り始める。以前と違うのは、その走りがよく見えているという事。体感時間の延長か? コレ。


 よくわからん。メディ、わかるか? 


『回答。動体視力が良くなっているのかと。それと、体感時間がおかしいのはいつものことです』


 マジか。


『マジです』


 ……うん、今はとりあえず便利ってだけで良いや。んで、どうするべ? あの狼が後衛を襲い始めたらいっぱい死ぬぞ。


『さて、挑発でもしてみるのはどうでしょう』


 よし、そうしよう。


「やーいやーい。通りすがりのガキンチョに殺されかける大魔さーん。巣に帰ってママに泣き付く準備はできてますかー?」

「……それは挑発のつもりなのかい?」

「いやだって、それ以外出来ることねぇですし」

「まぁ、あそこまで速く動かれるとな。私もを開かなければ対応は不可能だろう」


 なにやら、つい先ほど聞いたキーワードが予想外の所から飛んできた。という事は、ゲートとはこの世界の魔法的サムシングなのだろうか? 


「……力の詳細を聞くのはマナー違反か?」

「構わないさ。僕の場合隠すことはできないからね」


「短時間の身体能力強化、それだけだ」

「出たシンプルにやべータイプの能力」


『そして、ゲートとは個人差のある切り札のようですね』


 だなー。あと、第二形態のアバターの手掛かりになるかも。多分アレも生命転換ライフフォースでどうにかする類のものだろうし


「それで、挑発はさっぱり効果がないが、どうする? 切るのか?」

「一応聞くが、君のゲートは使える奴か?」

「そもそも使い方が分からない奴です」

「……それで良くこんなところに来たものだ」

「切り札に頼りきりになるような剣は持ってませんからね。とはいってもこの状況をひっくり返せないのは事実なんですけど」

「……しかし妙だな。あの狼は高速で走り回っているが、こちらを攻撃して来ない。分身を出しては騎士団に狩られているだけだ。消耗戦狙いか?」

「んー、じゃあ餌役やってくるわ。狼が俺に釣られればそこを殺せるんだろ? お前なら。間合いの確認はずっとしているみたいだし」

「……ああ。やれるさ」

「心強いなー」


 そうして、俺は狼に向けて駆け出す。


 しかし、俺が狼に近づいた瞬間に狼は予想外の行動を取った。


 分離している全ての狼を一つにし、最速のスピードで駆け出したのだ。


 瞬間、理解する。この狼は分かっていたのだ。結局の所自分の目的を完全に挫く事ができる使い手は一番前にいるこの男なのだと。


 それが直感によるものか理性によるものかは分からないが、とにかく今、シリウスの最速でアルフォンスへを殺そうとしていた。


 なので、その直線ルートへと割り込みをする。足に生命転換ライフフォースを集中させての一歩は、シリウスの鼻先にちょっとだけ剣を当てる事を許した。


 そして、そうやって稼いだ一瞬で、アルフォンスは準備を終えていた。


■■、■■ゲート、オープンッ!」


 瞬間、狼とアルフォンスの間に命の壁が出来上がる。それは透き通っている丸鏡み見えた。しかし、今この場においてその表現は少し違う。


 それは、狼の突撃を真っ向から止めた、鏡のような盾であった。


 狼はアルフォンスに食らいつく半足前でゲートへと衝突し、対してアルフォンスはその門を潜り抜けた。


 そして、変わる姿。これまで軽装だが騎士然としていたその姿は、全身鎧を纏った紅の剣士のそれに変わった。装備の色ではない。門を潜る瞬間にその姿が変わったのだ。


 焔のように思える強さの、仮面の騎士に。


 ……まぁ、その活躍が見えたのはたった一振りの間だけだったのだけれども。門に正面からぶつかって体勢崩れている奴とか生命転換ライフフォースの籠もった剣にかかれば一刀両断ずんばらりん、というわけなので。


 そして、剣を鞘に収めたアルフォンスは力を抜き、元の騎士の姿へと戻った。片膝をつきながら。


「うん、格好いいねアルフォンス」

「茶化さないでくれ、一瞬とはいえかなり疲れているんだ」

「……まぁ、あれだけの命を使ってりゃそうなるか。燃えてるかと錯覚したからな真面目に」

「僕のは短時間型だからね。強くあれるが負担も大きいんだ」

「へー、そうなんか」


 そんな話をしながら、アルフォンスとシリウスの間に入る。奴は、死んでも死なない謎生物だ。体が左右にぶった斬られていても生き返るかもしれないのだし。


「タクマ、助かった。君の稼いだ一瞬がなければゲートを開く前に食い殺されて居ただろうから」

「やめれやめれ。俺はあのクソ狼を殺そうと動いただけだ。お前を助けたのはついでだよ」

「そっちの方が僕は嬉しいさ。あいにくと騎士としては初陣でね」

「嘘つけや、戦場慣れしまくってたやん」

「……君がいるからものすごく気が楽だったんだよ。僕より年下の小さい子が、当たり前のように戦場にいてくれるんだから」

「へぇ、邪魔には思わなかったん?」

「……まぁ正直背中を切られるかもしれないとは思っていた」

「正直ものめー」


 そうしていると、ついにシリウスが霧散し始める。方向は、街の外。どうやら最後の1匹(仮)はまだ街には入っていないようだ。


「んじゃ、追撃行ってくる。アルフォンスは休んでろ」

「……奴は死んでいないのか?」

「見えなかったか? モヤモヤが飛んでいく所」

「ああ、君はどうやら目がいいようだな」

「まぁ、鍛えてるからな」


 その言葉を最後にして、アルフォンスの元を去った。


 その選択が何を意味するのかを知らないままに。

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