03 自称師匠の迷指導(アルバイト)
「ホラ、力の流れがブレてんぞー」
「脇腹つつくなオッサン! 集中してんだよこっちは!」
酒場、荒野の西風にて俺は今皿洗いをしている。
ただし、条件付きで。
「あっ」
「ホレ、4枚目。そろそろお前の取り分がなくなってきたなぁ!」
「畜生なんでそんな良い動きしやがるんだこのオッサンは!」
要するに、皿を一枚落とす度に俺の給料がオッサンの取り分へと消えていくのである。一枚1割というレートで。ちなみに落とす皿はオッサンがキッチリ回収してやがる。何かのオッサン強すぎんだろ。
どうしてそんなので受け入れたのかといえば、正直この
そんなわけで、食洗機の発展により消えた皿の手洗いという文化と、
いや、コントロールだけに集中するならそこそこできるようになったのだ。本当だからな!
『疑問、それでは食器を落としてしまう事は生まれないのではないでしょうか』
……はい、強がりました。
⬛︎⬜︎⬛︎
遡る事30分前、婆さんはなんとオッサンと俺をバイトとして受け入れた。人手がないとは本当のことだったようだ。
まぁ、ゲームのサブイベントか何かだろうという気分の元流れるようにやってきたのだが、そこでオッサンが待ったをかけた。
曰く「その放出量のままだと5分で死ぬぞ」と。
まぁ考えてみればその通りである。限りある命の蛇口を全開にしているのがいまの状態なのだから。
なので、昔教わったなんかそれっぽい精神集中をしてみたが全く効果はない。余裕綽綽で「できらぁ!」と言った自分が馬鹿みたいである。
しかし、それをなんとかしてみせたのがこのオッサンだ。ただ指で触るだけ、それだけで俺は
あとはその感覚を身体で覚えてひたすらに押さえ込むだけであるのだとか。そしてそれを習慣化して無意識でできるようにする事は、戦場に置いて最低限の能力なのだとオッサンは言った。
この時点で、性格や生活力はともかく、実力は認めざるを得なかった訳である。
そして倉庫からの材料出しや掃除、テーブルや調度品の整頓などは教わりながらなんとかやる事ができ、これでひと段落と思った矢先に団体様がやってきたのだ。店が賑わうのは構わないけれどもネ! 今日くらいはやめて欲しかった次第である。
そして、この辺りで俺の
そこからは、危なっかしいという理由で皿洗い専門になったのだった。そして、そんな所に煽りに来たのがオッサンだ。
そうして口車に乗り、手玉に取られ、あっという間にこの契約を結んでしまったのである。くたばれ。
⬛︎⬜︎⬛︎
そうして、団体様がはけた頃には落とした皿のカウントは9枚。俺の取り分の9割がオッサンの懐に入る訳である。嫌なミニゲームだった……
「しっかし、9枚で収まるとは思わなかったぜ坊主。お前色々危なっかしいからな」
「うっせーよオッサン。いたいけな青少年の金を毟り取るのは楽しいか?」
「超楽しい」
「くたばれクソ野郎」
「口だけは達者だなオイ」
そんな会話をしていると、婆さんが「あんたら、もう上がって良いよ!」とお達しをくれた。買い出しに行っていた息子さんが戻ってきたのだとか。やったぜ。
「それじゃあ、約束通りあんたら二人の給料だ。コイツの飲み代はきっちり引いておいたよ」
「案外あるんだな」
「アホか、
「ちなみにオッサンの飲み代は?」
「200G」
「単純労働の対価ってのは酒代くらいなんだな……」
「そんなもんだよ、この街はな」
「じゃあ、約束通りな」
「はいよ、銅貨18枚。所で20Gって何ができる?」
「……焼き鳥一本くらいだな」
「まぁ、ないよかマシか」
『所で、ミセスとの集合時刻を1時間ほどオーバーしているのですが、問題はありませんか?』
「……あ、やべ」
「どしたよ少年」
「待ち合わせしてたの忘れてた」
「……ドンマイ!」
「他人事だと笑いやがって!」
「まぁまぁまぁ、せっかくだし良いもんやるから勘弁してくれや。一応、弟子扱いだからな」
「皿洗いで弟子扱いされるのかこの世界」
「いや、本当は
「……つまり俺は天才だと!」
「いや、死亡まで一直線の暴走馬鹿だな」
「知ってた」
「だろうな」
「んで、何をくれるんだよ。というかあんたは誰なんだよオッサン。俺は明太子タクマだ」
「意外とマナーなってる奴だなお前さん。俺は……まぁ師匠とでも呼んでくれ。あんまし良い名前で通ってなくてね」
「へぇ、他でも酒代払わなかったのか?」
「いやいやいや、今日は別だよ。単に財布の中身を数え間違えただけだ」
「何やってんだ大人」
「まぁ、こいつにはまだそれなりの権威はある。見せる時は使いな」
その言葉と共に空に開く境界。それは
鞘には無骨な剣と星の紋様が描かれた紋章が刻まれた鞘に包まれた不思議な雰囲気の剣だ。
「……これは?」
「“起こし”を覚えた奴に送る記念の剣みたいなもんだ。通称は
「抜いてもいいのか?」
「ああ」
そうして、見えた刀身は分厚く、切れ味も然程良いというわけでもなさそうだった。
しかし、とても手に馴染む。長さは目測で90センチ程。重心の位置はスタンダードなもので、しかし分厚い刀身に反してさほど重くもない。
自分の身長が(まだ!)小柄であることでそこまで長い剣を使えない今、この獲物はかなり適切な武器だろう。
「……これ幾らくらいで買えるんだ? 武器に関してはさほど詳しくない俺にもなかなかのものってわかるんだが」
「そいつはその剣を折った奴にしか教えないしきたりなんだよ」
「変な風習だな。……けど、ありがとう」
「ま、気にすんな。元聖騎士団員のお古だしな」
「……そういや、歪みも傷もないな。柄もなんか綺麗だし」
「ま、臆病者にもなれなかったオッサンが居たってだけのことさね」
「あんたがそうとは、思えないけどな」
「そこんとこは気にすんな。それじゃあな、少年」
「……ご指導ありがとうございました。師匠」
「お、俺を師匠と認めんのお前さん? なら年会費5000Gな」
「台無しだよ!」
「ハッハッハ」
そんな声を最後に俺を小突いて、オッサンは店から去っていった。
名無しの師匠というのはなんかアレなので、台無し師匠と仮称することにしよう。うん。
初期衣装の左腰にある剣帯に臆病者の剣を刺し、婆さんに一礼してから“荒野の西風亭”を去ろうとした。
そして、扉の前でとても良い笑顔をしている彼女を見かけて、思わず天を仰ぐ。
「すまん、ちょっとイベント踏んでた」
「いいえ構わないわ。あなたが私とこの街を歩くことよりも、その剣を手に入れることを優先しただけなのでしょうからね。あなたが私に1時間近く人探しをさせてもそれは仕方のないことだものね」
「マジですいませんでした。なんでもするので機嫌直して下さい」
「あら、じゃあリアルでサインして欲しい書類があるのだけれど」
「そういうのやめろっていつも言ってんだろ! 一つしか知らないからそれを選ぶってかなりアレだからな!」
「なんでもするんじゃなかったの?」
「いや、でも流石に駄目だ。お前が元気になって世界を見てその上でこの話をするなら俺は拒否しないと思うけど、今その話をするくらいならお前に嫌われたままで良い」
「……つれないのね」
「性分なんだ」
そんな言葉を返すと彼女はクスリと笑みを見せた。整った顔でそれをやられると結構困る。美人ってずるいよなー畜生! 勝てる気がしねぇ!
「じゃあ、なにか奢ってよ。酒場で働いていたんだから、少しくらいお金はあるでしょう?」
「……焼き鳥一本でいい?」
「私があなた限定で安い女で良かったわね」
「……まぁ、誰彼構わず自分を安売りするよりは良いか」
「ええ。そう納得すると良いわ」
「なんか思考を誘導されてる気がしてならないんだよなー」
「心外よそれは。私は基本的にタクマの全部が好きなんだから、そんな無粋な真似をすると思って?」
「だからそういう事言うのやめろっての」
「でも、嫌ではないんでしょう? 多くの男を見て、それでも自分を選んで欲しいタクマくん?」
その言葉には、流石に白旗を上げるしかなかった。何故かって? 図星だからだよ畜生!
⬛︎⬜︎⬛︎
露店で焼き鳥を買って食べたダイハードは「味覚エンジン良いの使ってるわね」と珍しく高評価をしたがそれはそれ。
今日の日が、暮れようとしている。
「さて、ログ見たんなら分かると思うけど、狼がやってくる訳だ」
「ええ、けれど西門で頑張っても意味はなかったと」
「それでだけどさ、お前なんかわかった? 街からモンスターが溢れ出た理由とか」
「あいにくと手掛かりは少ししかないわ」
「少しはあるのかよ」
「ええ。噴水前にいたプレイヤーは、中央騎士団とか聖騎士団とかいう街の切り札を見なかった。つまりそれどころじゃない事が狼の来訪と一緒に起こったのよ」
「モンスターの大量召喚とか?」
「かもね。けれど今はそんなにいろいろ考える必要はないと思うわよ」
「その心は?」
「今回はチュートリアルの時とは違ってちゃんと準備期間がある筈もの。訳もわからず死ね! とはならないと思うわ」
「ま、そりゃそうか……所で今更なんだが、お前どうして第一アバターになれてんの?
「そう? 見てればわかったわよ。命をグッと溜めてフワッと包んでガッと燃やす。簡単じゃない」
「俺多分包むのが出来なくて矯正訓練やってたんだがなぁ……」
「あら残念ね。あなたが試行錯誤している所って割と滑稽で好きだったのだけれど」
「やめーや」
そんな風に駄弁っていると、襲撃を知らせると思わしき鐘が鳴った。
「これは完全にハズレね。前回の襲撃では、鐘なんて鳴らなかった。それに、方向は西門じゃなくて南門よ」
「じゃあ、ちょっと暴れてくるわ。じっとしてても意味は無さそうだし」
「脳筋ね。なら私は城の中に入ってみるわ。聖騎士が出てくる時に透明人間になってれば多分入れるもの」
「そっちは任せた。じゃ、また後で」
「ええ、また後で」
そんな訳で、二度目の狼狩りに出かけるのだった。
『所で、今回は姿を見せての参戦ですが、問題はないのでしょうか?』
「その時は、その時さ!」
とりあえず暴れれば良いという楽観と共に。
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