02 Mrs.ダイハードという女
さて、今日は足の検査をしに病院に行くわけだが、当初予定していた病院の主こと
あいにくとまだ“これだ! ”というインディーズゲームはあまり見つけていないので、何を紹介するかちょっと困る。
が、良く考えてみたら別に《Echo World》自体に問題があるわけではないのだし、これからの謎解きの手助けをして欲しいのだから誘うのは問題ないのではないか? とも思う。
そこんとこどう? メディさん
『論外、氷華様へのプレゼント関係の事はマスター自身が悩んで決めるべきだと邪推します』
論外ってなかなか酷いなオイ。
まぁ食い物はアウトだし、娯楽品の類はVRでやれるのに限られているのだからそんなに選択肢はないのだけれども。
装飾品は、これからサイズ変わるだろうからまだもったいないしなー。
『相変わらず信じているのですね』
そりゃね。あいつより
⬛︎⬜︎⬛︎
帝大医学部付属病院には、一人の伝説になっている少女がいる。
その名は、御影氷華。僅か14歳にして、実に16回の大手術を受けて尚生き残っているなんかおかしな少女だ。
その回数だけでもうすでに常人離れしているが、それよりも恐ろしいのはその各手術の成功率である。
受けた手術の最高成功率はなんと13%。最低は新手術の治験未満の暴挙(実験台)としてのものである
そんな彼女は奇跡の少女と最初期には呼ばれたが、それが間違いであることを病院に勤めている者たちは知っている。
栄養管理、リハビリ、体力作り。病状に触らないギリギリで常に生きる努力を積み重ねてきたからこその奇跡なのだと。
その生きる強さを見た者は、彼女のことをこう呼ぶ。
⬛︎⬜︎⬛︎
「ありがとうございましたー」
「お父さんによろしくねー」
「へーい」
一応病院での検査はした。CT、MRI、VRボディチェックの全てにおいて問題なしの結果が出てしまったのは幸運なのか不幸なのかわからない。なので、あのファンタジークソ狼がこれ以上俺の前に現れることなく、警察や自衛隊にぶっ殺される事を祈る事にしよう。
「やっぱまだゲームの層が薄いなー」
『今出ている脱出ゲームの類は、もうクリアなされているとの事ですからね』
「じゃあ腹括るか」
そうしていつものようにナースステーションで顔パスし、彼女病室へと入る。どうやら彼女はようやくマトモに動くようになった体でリアル読書を楽しんでいるようだった。
「ただいまー」
「あらお帰りなさい。ご飯にする? お風呂にする? それとも酸化炭素で暖かい部屋で愛を語り合う?」
「練炭云々がなかったら3つ目だったかなー」
「あらそう」
「というかただいまにツッコミはないんかい」
「私のいる場所をあなたの帰る場所にするのだから、特に問題はないわね」
「やっぱこの女強すぎるわ」
「当然よ、私だもの」
最近ようやく伸ばすことができるようになった青みがかった黒髪と触れば折れてしまいそうな細く骨の浮き出た腕、そしてその二つが見間違いかと思うほどに“命”に溢れた顔をしている彼女は、威風堂々とそんな事を宣った。
「それにしても今日は遅かったわね。補修でも受けていたのかしら」
「あいにくと成績は中の上をキープしてるよ。勉強を理由にゲームを縛られてたまるかっての」
「お義父様はあなたにダダ甘なのだし平気だと思うけどね」
「まぁそれはちょっと思うけど、それはそれよ」
「それで、どうして遅れたの?」
「まぁ、正直白昼夢だと言われれば否定できる根拠はないんだが……」
「なんか狼的ファンタジー生物に噛まれた」
「話を聞かせて、そいつを殺すわ」
驚くべきノータイムだった。なので答える言葉は一つだ。
「安心しろ、ちゃんと始末した」
「……あら、やるじゃない。けれどそんな事が起こっていたらニュースになるのではなくて?」
「それがな、噛まれた足はこの通り綺麗に治って壊れた筈のプロテクターは元どおり。おまけに映像はなんもなし。笑えるくらいになんもないんだよ、証拠が」
「何、それなら闇の組織のAR実験に巻き込まれたとでも言うのかしら?」
「……あいにくと否定はできねぇわ」
「冗談のつもりだったのだけれど」
「何もわからないから否定できないってだけだよ畜生」
「……まぁ、証拠をそこまで消しているような組織なら、あなたのような一般市民(仮)に関わる事はないでしょう。気にしないで良いと思うわ」
「オイ待て(仮)の意味を教えろや」
「嫌よ、面倒くさい」
「鬼か」
「私よ」
「その返し強すぎるんだが」
なんて会話をしながら、備え付けのARリンクで手元に食品データ、クッキーと紅茶を投影する。消化器系はまだ馴染んでないとの事なので、お茶会ならばコレだろう。いつもはVRだったが、せっかくなのだし。
「あら、そういえばそんな機能もあったわね」
「忘れんなやVIP患者」
そうして、味しか残らないお茶会をちょっとだけ楽しむ。まぁ、氷華さん的にはそんなに興味がなかったのかあっさりと飲み切ってしまったが。
「お前もうちっと食事に風情を持てや」
「そういうのは実際に食べてから学ぶことに決めているの。というか、データの味ってなんか味気ないのよ」
「水の美味しさで泣き出した奴がそこまで語るか」
「ええ、だからこそグルメになったのよ」
「金のかかる趣味だこって」
「あら、養えないか不安?」
「自分の金で一生遊べる奴が何を言うか」
この女、治験の報酬だけで一生暮らしていけるほど稼いでいるのだ。なんとも強かな女である。誑かしたの俺なのだけれども。
「それじゃあ、今日のゲームを教えてくれないかしら」
「あいよ。今日は紹介するか迷ったが、まぁクソゲーではないから期待してろ」
「珍しいわね。どんなゲーム?」
「サーバー単位での死にゲー&謎解きアクション」
「MMOなの、楽しそうね」
「ただ、かなり理不尽なのよ。いろいろ説明が無くてなー」
「それも含めて楽しめば良いだけよ。謎解きは好きなの」
「得意とは言わないんだな」
「……私、学校マトモに通ってないから常識系に疎いんだって最近分かったのよ」
「まぁ、本格的な謎解きはガチ勢に任せればいいだろ。やるか?」
「やるわ。サーバー選択とかあるの?」
「今のところ一個だけだな。じゃソファ借りるな」
「ええ。それじゃあ向こうで」
「あいよ」
そうして、俺と氷華は《Echo World》へとログインした。
⬛︎⬜︎⬛︎
「あら、近未来的なのね」
「ここにログインするのかー」
俺と氷華がやってきたのは、先日のデブリーフィングルーム。世界の再会はもう始まっているようだが、過去のデータの閲覧はここでできるようだ。
掲示板の使用はここでのみ可能あり、ついでにログアウト代わりにここに戻れるようになったのだとか。ただし転送は噴水広場のみと。これもう前線基地か何かでは?
「へぇ、ここで作戦を練って謎を解けって感じなのね」
「まぁな。んで、お前はどうする? デブリーフィングと記録データは見れるから謎解きするなら見てて欲しいんだが」
「そうね……あなたと何人か適当に引っ張って映像を見るわ。どうにも並行視聴も早送りもできるみたいだし。30分くらいで合流するわ」
「じゃ、謎解きは任せたぜダイハード」
「Mrs.をつけなさい、タクミ」
「はいよ」
さて、それじゃあ適当にブラブラするとするか。
⬛︎⬜︎⬛︎
転送して、相変わらずの透明人間っぷりにちょっと萎えた。が、広場では数人のプレイヤーがなんか惜しい感じに
と、そんな事はどうでもいい。とりあえず昨日の戦場である西門へと向かってみる。
が、その最中で妙な騒ぎを聞きつけてしまった。どうやらこの真昼間から酒を飲んでいた奴が金を払えなかったとの事で店主に怒られているのだが、その背中に妙に既視感があった。
というか、昨日最後に見た頼れる大人の背中(と思ってた背中)だった。
だが、まだ憧れを捨てるには早いかもしれない。詳しく話を聞いてみよう。
「アンタ、財布を忘れたとかそれでも大人かい?」
「仕方ねぇだろ女将さん。ねぇもんはねぇ」
「じゃあその腰のモン売って金にしな!」
「騎士からコレ取ったら何が残るってんだよ婆さん! 頼むぜこの通り!」
なんて言いながら逃走の準備をしてやがるこのクソ野郎。流石に逃すのはなんなので、憧れを粉砕してくれやがった事の恨みも含めて1発かますとしよう。
そう思って
瞬間、足が切り飛ばされて宙を飛ぶ幻影を見た。
が、「あ、やべ」との言葉からオッサンは剣を止め、俺の蹴りを柔らかく受け止めてみせた。底が知れないぞなんだこのオッサン。
「あんた、なんだい突然⁉︎」
「あ、すいません奥さん」
「どうにも俺が逃げようとしたのを見咎められたみたいでね。義侠心からの行動なんだ。騎士団を呼ぶのは勘弁してくれや」
「……じゃあ、腰のモンを売るのかい?」
「……しゃーねぇ。婆さんのトコ今日人があんま居ないだろ? 裏方で働いてやるよ。俺とコイツでよ」
「え、俺巻き込まれんの⁉︎」
「たりめぇだ。人のこと蹴ろうとして何もなしってのはこの国ではねぇんだよ」
「それに、お前
そんな言葉と共に、俺はこのへんなオッサンと共に酒場の裏方仕事をする事になったのだった。
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