第一話 少年と臆病者の剣《チキンソード》

01 見えなくなった異常/見飽きている日常

「あー、眠い」

「私もよ……ていうか、後日来いとかちょっと危機管理杜撰過ぎないこの辺の警察」

「ですよね、あんなファンタジーが来ているってのに」

『仕方がありません、


 取り敢えず、現状確認。

 現在時刻は午前0時を回った所。

 クソ狼シャドー(命名俺)が死んで少ししたら通信が回復したので、早速通報をしたのだが、ちょっと予想外すぎる事が起こった。


 まず、。綺麗さっぱり、なんの痕跡もなくだ。

 そして、それは生物にのみ適応されるものではなく、ちょっと曲がった鉄パイプや、噛まれたプロテクターも元に戻っていた。何これホラー? 


 次に、映像記録の消滅。あいにくとメディに外部カメラは繋いでいなかったが、ベビーカーのドライブレコーダーには狼が写っているはずなのだ。が、あの通信障害とともに映像が真っ暗になり、音も当然無くなっていた。よって証拠になるものはなし。


 そして、最悪なのはメディだ。メディは俺と接続しており、俺の視界をデータとして取り込んでいる。だからあの死闘においては的確に俺のサポートをすることができた。


 しかし、その映像記録が最悪なのだ。なにせ、写っているのは路地のみ。狼も俺たちも、通信障害がなくなるまで記録として残すことは出来なかった。


 つまり、完全に証拠ゼロである。


 一応深夜番のお巡りさんは話を聞いてくれたものの、その目は懐疑的だった。それでも一応調書取るあたりあの人すごく良い人だと思う。ロボット越しの会話だったけども。


 だがしかし、被害はゼロ。皮肉にも俺の頑張りがこの異常事態の発見を遅らせてしまったようだ。


 ……まぁ、だからといって人を見捨てられるような人間であるつもりはないので、何度同じ状況になっても同じことをするだろうけれども。


「さて、お姉さん。俺はお姉さんの命の恩人ですよね?」

「……何よ。私顔に出てないけど、あなたには感謝してるわよ。とっても」

「正直言ってクソ疲れた上に足の幻痛が引かないんでしんどいんです。ベビーカーに乗っけてくれません?」

「……あんた、自転車乗りなさいよ。健康に悪いわよ?」

「本来自転車乗れるような健康マンじゃないんですよーだ」

「まぁ、良いけどね。自動運転は戻ってるの?」

『はい、テストしてみましたが、正確に動作しています。故障などはありませんね』

「……本当にいい子だわメディちゃん。ウチにも欲しいわ」

「あげませんよ」

「分かってるわよ」


 ちなみに、現在メディは外部スピーカー接続済みだ。なのでお姉さんと会話ができているのだった。


 そんなこんながあってお姉さんの介助があり俺はベビーカーへと搭乗した。が、お姉さんも一人で帰るというのも何なので、俺の家までついてきて貰ってそこからタクシーを呼ぶつもりらしい。


 正直ありがたい限りである。現在時刻は補導ラインをオーバーしているのだから! 

 ……いや、単に親父に心配かけたくないってだけなんだけどもネ。多分補導されたとか聞いたら患者さん放り出してこっち来るだろうし。


 あのツンデレ親父、真面目にゴッドハンドやから受け持ってる患者さんは多いのだ。うん。


 患者さんの為にも、親父の精神安定のためにもこんな小さなことで心配はかけたくはないのだったり。


 ……いや、ファンタジー狼については折を見てちゃんと話すけどもね。アレはガチの大事やし。


「所で、頑なに名乗らないけど何か事情があるの?」

「え、それ聞きますお姉さん?」

「そりゃね、恩人の名前くらい覚えておきたいし」

「……てっきり“今日の出来事なんて覚えていてたまりますかよ! ”って感じかと邪推してました」

「何キャラよ私は」

「一目で人のキャラクター見抜けるような目は持ってないですねー」

『つまり適当という訳です』

「馬鹿じゃないのアンタ」


 その言葉に、こっちの気遣いが無駄である事を思い知らされた。うん、それなら仕方ないのかな? 


「それじゃ改めて、風見琢磨、松中の二年生です」

矢車楓やぐるまかえでよ。てか松中って後輩じゃない。タレ先まだ元気?」

「はい。今日も元気にカツラハンターと戦ってますね」

「タレ先マジで面白良い人よねー」

「ですよねー」


 ちなみにタレ先とは前垂之雄まえだれこれお先生。植毛せずにカツラを被り続ける名物先生である。ちなみに担任なので結構迷惑をかけてたりする。


 さて、自己紹介も終わったのだしのんびりと路地を出よう。こういう時ベビーカーはまぁ便利である。オートバランサー様々だ。


「しっかし、風見くんが心臓弱いとか信じられないわねー。ゲームのおかげとか言ってたけど何やってたの?」

「ちょっと剣道を」

VR剣道殺人教習所⁉︎」

「免許も段位も貰えないですけどねー」

「……ちなみにどれくらいやってんの?」

「元ランカーです」


 ちょっとドヤ顔で決めて見る。まぁランクインしたのは3分だけだったけれども。


「うん、そりゃ常識の外の動きするわね」

「ちなみに矢車さんはやってたんですか?」

「ええ、ただ鎖鎌がねー」

「距離詰めればそんな怖くはないですよ? 最悪武器で分銅止めて殴れば良いんですし」

「そんなん実践できるのが常識の外だって言ってるの」

「えー」


 ちなみに、殺人教習所ことVR剣道とは、VRゲーム初期時代からマッチング回りと反応速度対応以外のアップデートを行わないにも関わらず8年以上のロングサービスを続けているスルメゲーである。


 その1番の売りは武器指定自由、防具指定自由、なんでもアリバーリトゥードルール。そのあんまりな自由度から冗談抜きで現実の殺しに応用できたりするのだとか。

 剣の道がどこに行ったかについてはプレイヤー達の中では最早議論されてはいない。


「とか言ってたら家着いちゃいましたね」

「あ、ここなんだ。良いとこ住んでるね」

「自慢の親父の自慢の家ですから」

「キミお父さん好き過ぎじゃない?」

「ファザコンと笑いたくば笑え!」

「笑わないわよ。……それじゃあね。とりあえず明日の朝連絡してよ? 正直夢かどうかまだ覚束ないんだから」

「モーニング猫動画で良いですか?」

「やめてくれない? 朝からあんな畜生のことなんか見たくないわよ」

「……猫嫌いかー」

「ええ、アレルギーなの」

「じゃあイルカとかにしておきますねー」

「お願い……ってなんで動物動画縛りなのよ」

「そりゃなんとなくですよ」


 矢車さんの端末からタクシーを呼んだのがわかる。どうせだしウチの中で待つかと聞いたが、流石に悪いとの事だった。


「んで、なんでアンタは玄関前で待ってるの?」

「そりゃなんとなくですよ」

「感性で生きすぎじゃない?」

「ノリって大事じゃないですか」

「否定はしないけどね……」


 ガレージへの収納を自動運転に任せて玄関前で矢車さんと話す。


 なんでもない日常の話でしかなかったが、それでもそれは俺たちに生きているという事を実感させるのには十分だった。


「それで、気分は晴れた?」

「そっちこそ、大丈夫になりましたか?」

「私はまぁ、別に何かあるって訳じゃないし」

「俺はゲームと現実の区別がつかない系の男子なんで最初から平気でしたよ」

「……つまり、お互いに気を使いすぎって感じ?」

「じゃないかと」


 プッとお互いに笑みが溢れる。この人は本当に良い人のようだ。


「じゃあ、また」

「ええ、また」


 そんな会話を最後に、矢車さんはタクシーに乗って帰って行った。


 そして、玄関を開けてリビングに適当にコーヒーを放ると


 痛みに堪えられず、俺は足を抱えて蹲った。


『よく、頑張りましたね』

「痩せ我慢、気付かれてたと思うか?」

『おそらく気付いてはいないでしょう。マスターの戦い事に関するポーカーフェイスは一級品ですから』

「そっか。……あーやばい、立ちたくない。コレ治るのか?」

『肉体的なダメージがないのですから、どうとも言えません。マスターは何を喰われたのかすら分かっていないのですから』

「……明日治ってなかったら病院行くわ。鎮痛剤とか効くのかコレ」

『不明です。が、マスターが今考えるべきことはそちらのソファで休むことかと』

「部屋に行けとは言わないん?」

『行けるのですか?』

「……無理」

『ならば、床で寝るよりはソファで眠る方がマシでしょう。気疲れで眠ってしまう前に、横になるべきかと』

「へーい」


 ズルズルと体を引きずってソファへと片足で登り横になる。すると、痛みがあるにも関わらず意識はストンと落ちていった。


 ⬛︎⬜︎⬛︎


「……治ってる」

『おはようございますマスター。お父様から“こんな所で寝るなクソガキ”と掛け布団とともにお言葉を頂いております』

「……愛の力か!」

『違うかと』


 それでは、朝飯としよう。

 自動調理器クッカーに適当に材料を入れて作るフレンチトーストと野菜スムージーだ。


 現在時刻は午前7時、登校にはまだ余裕がある。


 寝ていると思うが、一応親父に声をかけておこう。


「親父、寝てるー?」

「……今起きた」

「徹夜やめーや医者の不養生とか笑えねぇからな」

「寝たっつってんだろ」

「まぁ起きてるなら良いや、メシ作ったよ」

「手が離せん、持ってきてくれ」

「はいよ」


 というわけでポットのお湯でインスタントコーヒーを入れて、フレンチトースト、スムージー、コーヒーという割と噛み合うようで噛み合わない組み合わせだが、まぁウチのメシはだいたいこんなものである。


「入るよー」

「おう」


 親父は、家にいる時のいつものようにパソコンで何かを調べていた。だが、珍しいことに論文がドイツ語ではない。日本語だ。


「仮想世界におけるダメージフィードバックの現実侵食性?」

「脇から覗くなや」

「ごめん、珍しく日本語だから気になって」

「まぁいい。時間はあるか?」

「うん。それなりに」

「なら良い。お前VRについて詳しいよな」

「5歳からやってるからね。この幻痛ってのも似たのが覚えはあるよ」

「……本当か?」

「まぁ親父の問題とは違うと思うけどね。アレは多分梅干先生の殺意のせいだし」

「殺意ッ⁉︎何かされたのか⁉︎」

「ゲームで首落とされただけだよ。それからちょっと首が繋がってるか不安になったことがあるってくらい」

「……最近のゲームは凄いな」

「本当にねー。んで、俺に聞くってことは八方塞がりなんでしょ? ちょっと愚痴ってみたら?」


 その言葉に親父は少し悩み、渋々といった感じで口を開いた。


「今日の早朝、救急車で担ぎ込まれた患者がいた」

「うん」

「そいつは、外傷は全く負っていなかった。にも関わらず激しい痛みでショック死寸前まで追い込まれていた」

「それをVR関連だと?」

「ああ。違法アプリやハッキングなどで付けていた機器から“痛み”を植え付けられたのではないかと邪推している。……証拠はないがな」

「わかった、気をつけるよ。まぁ俺にはメディが付いてるからへいきへっちゃらだけどネ!」

『微力ながら、力を尽くさせて頂くつもりです』

「おう、馬鹿息子を頼むぞ」


 ちなみに今の話をツンデレ翻訳すると“VRで危ないのが流行ってるっぽいから今まで以上に気をつけろ! ”という事である。どうして素直にそう言わないのだろうか疑問だが、まぁ親父だし仕方ないか。


「じゃ、無理しないで頑張ってね。けど、本当にちゃんと休んで。親父が倒れたら俺ギャン泣きするから」

「面倒なガキだ」


 笑顔が隠せていない親父殿である。


 ⬛︎⬜︎⬛︎


 さて、食事は取った。メディカルチェックも問題なし。ベビーカーも問題なし。


 それでは学校に登校するとしよう。


「行ってきまーす」

「おー」


 バイクに乗って自動運転でトロトロと行く。登校時間は事故が怖いのだ。


「おはよーベビーカー!」

「バイクと言えこの野郎! 免許持ってんだよ俺は!」

「でも乗ってんのベビーカーじゃん」

「放課後教習所来いや頭カチ割ってやる」

「やだよ死にたくないし。あのゲーム痛みが生々しいんだよ」


 などと言いながら自転車の速度を俺に合わせるのは近所に住んでる大作ゲーム好きの一ノ瀬慎吾いちのせしんご。所謂一般的なカジュアルゲーマーである。


「そういやお前あのクソチュートリアルゲーム買ってたよな」

「《Echo World》のことか?」

「そーそー。レビュークッソ荒れてたぜアレ。実際どうなん?」

「クオリティお化け。体の動きは真面目に現実と間違えるレベル。多分教習所シリーズクラスにモーキャプに金使ってるぞ」

「へー。そこだけ聞くと面白そうだな。まぁそれ以上の酷評を聞いてるんだけども」

「どんな風に言われてんの?」

「意味わからず透明人間にさせられてたらなんか出てきた魔物にぶっ殺されるゲームだって」

「まぁそれがチュートリアルの目的らしいからな。サーバー単位の死にゲーなんだよアレ」

「じゃあ俺は良いや。ソドマスSまで貯金しないとだし」

「あのシリーズ体の違和感ヤバイんだよなー。良く耐えられるのな」

「まぁそれも今作で改善されるでしょ。やれる感じだったらパーティ組もうぜ」

「PK厨をパーティに誘うとはお主やる気か?」

「……普通に友人を誘ってるだけなんだが」

「なんだつまらん」

「お前なー」


 さて、駄弁っているといつの間にやら学校だ。まぁ駐輪場まで完全オートだから迷うことはないのだけれども。


 そして校門前で友人達と合流してぐだぐたと二階への階段を登る。

 結構な重労働なのだコレ。昨日みたく麻薬パワー湧き上がって来ないかなー。


 エレベーターを使えば良いのではないかと思う人もいるだろうが、この校舎エレベーターの位置に悪意が(多分)あり、ぶっちゃけエレベーター使って上がるのと階段使って上がるので大した運動量の違いが生まれないのだ。マジでくたばれ設計者。


 ちなみにこういう時に友人が集まって来てくれるのは俺の人徳……などでは決してなく、去年卒業したフツメン先輩が階段でダウンした俺に手を差し伸べた姿に同じクラスの美少女先輩が惚れたのが理由だったりしたからなのだ。下心丸出しかよ。嫌いじゃないけども。


「ちわー」

「あ、明太子ー。クソゲーどうだったー?」

「リアルで明太子言うなや。あとアレはクソゲーじゃなくてスルメゲーだから。多分」


 などとわちゃわちゃしながら授業を受けて、わちゃわちゃしつつ学校を終える。いつもの光景である。


 んでメディさん。今日休みの奴はいた? 

『幸いにも居ませんでした。マスターのようなメンタルの人ならば別でしょうが、それはないでしょう』

 自覚してんだから言うなっての。ってのは普通じゃないんだって。

『まぁそれも個性の一つでしょう。お気になさらず』

 じゃあ、アテは矢車の姉さんだけか。しんどいねー。

『最も、次あんな事に巻き込まれる事があるとは思えませんがね』

 ま、一応な。


「じゃあ、俺帰るわー」

「送るぜ親友!」

「そうだぜ親友!」

「気をつけてねー明太子くん」

「自称親友はやめーや。あと明太子もやめーっての」


 などと言いつつも受け入れる。親友親友うるさいのは杉田と小泉の二人。俺が見るにそこそこ顔は整っていると思うのになんか彼女ができない二人である。


 部活で鍛えた筋肉がダメなのだろうか? 


 まぁ良いのだけれども。二人は親友などと言っているが、ふざけてると皆わかっているのだし。


「サンキューな二人共。だが、残念ながら見ていた女子はゼロだ」

「「なん……だと……」」

「そう簡単に運命の出会いはないってこったよ」


「じゃあなー」と分かれてバイクに乗る。


 今日は一応病院に行くとしよう。痛みが振り返して来たら嫌だし。


『氷華様のお顔も見たいですしね』


 否定はしないが、言うなよ? 


『はい、もちろんです』


 これがメディ以外のAIなら信用できるのになーという諦めを込めて思う。

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