05 狼と殺しあう現実の話

「ふぃー」

『お疲れ様でした、マスター』

「いやー、人気者って辛いねー! 人気者って辛いねー!」

『マスター、少々喜びすぎかと。率直に言って気持ち悪いです』

「お前本当に健康管理AIなんだよなオイ」


 上がりきったテンションの所に氷水をぶっかけてくるような健康管理AIがいるらしい。なんだかなー。


「さて、メディさん。メディカルチェック頼むわ」

『はい。30秒動かないで下さい』

「はーい」


 VRゲームが終わった後の恒例のチェックである。


 残念なのか幸いなのかはわからないが、自分は微妙な重さの心臓病を患っている。手術するほどではないが、かといって安全とも言い切れないみたいなの。そんなことがあるから、義父おやじの友人の作ったこの高性能健康管理AI“メディ”のテスターをやっているのである。


 まぁ、長い付き合いなのでもう最新型とは言えないが、生憎とメディ以外に命をコントロールされるという未来はしっくり来ていないので多分俺の病気が治るまで、あるいは治った後でもメディと一緒に生きるのだろうなーとは思う。


 尚、親父の友人である人はかなりの面白主義者? なのでメディにはいろいろな要らないような機能が詰め込まれていたりする。具体的にはバイクの排気音を聞くだけでどの車種かを表示するとかの。誰得かって? 俺得だよ。バイク好きなんだよ悪いか。


『チェック完了です。身体的問題は見つかりませんでした。体に違和感はありますか?』

「んー、左手に若干の違和感。まぁぶった斬られたし当然かね?」

『幻痛などは?』

「ないない。というかあったら言ってるっての」

『念のための確認です。では、明日の準備の後ストレッチをして眠りましょうか』

「そうだな……あ」


 やっべ忘れてた、親父のコーヒー買ってねぇ。


「メディ、今何時?」

『22:30ですね』

「うわ、補導ギリギリライン。まぁコンビニ行くだけだし大丈夫か」

『明日の朝買いに行くのでも間に合うのでは?』

「親父帰ってくるの大体4時だからなー、その前に起きるとか苦行だっての」

『補足、朝4時前も補導の対象となります。今行くしかありませんね』

「だなー。メディ、バイクのエンジンかけといて」

『了解です。しかしあれは完全自動二輪ベビーカーと呼ぶべきでは?』

「……雰囲気だけでも格好つけたいお年頃なんだよ」


 完全自動二輪、通称ベビーカー。言われるまでもなく蔑称である。

 バイクの自動運転というだけなのだが、対象年齢がちょっと幼い、具体的には小中生が対象なのだ。けど、真っ当な体を持っているならその年頃の子供たちは自転車を買うだろう。つまり、“自転車も漕げねー赤ちゃんかよーwww”ということだ。泣くぞコラ。


 まぁVR教習で免許取ったからバイクとしても使えるのだが、それを許すマイ親父ではない。“調子乗って事故なんざ起こしてくれんじゃねぇぞ! ”とか言いながらケーキと新しいプロテクター買ってお祝いしてくれたりしてるもはや狙ってるとしか思えないツンデレなのだから。なのでその心配はちゃんと受け止めるつもりでいるのだ。


 まぁ、とにかくプロテクターを付けてコンビニに行こう。


 ……なんであの親父コンビニブランドのコーヒーしか飲まないんだろうなー? なんて事を考えつつも自動運転に任せてコンビニに行く。ついでだしシュークリームでも買ってしまおう。


 なんてちょっと自分を甘やかした所で事件は起こった。


 帰り道、突然にベビーカーが停止したのだ。

 手動でエンジンをかける分には問題はない。つまり自動運転側のトラブルだろうか? 


「メディ、どうなってる?」

『……不明。現在私たちはスタンドアロン状態となっています』

「……携帯も通信不能か。大丈夫か現代社会?」

『ですが、私とベビーカーとのリンクは存在しています。おそらくはこの周辺一帯と外部の通信が遮断されているのだと』

「……テロとか?」

『さて。とりあえずはこの大通りから動くべきではないという所でしょう。貧弱な中学生であるマスターにできる通報という必殺技が封じられてしまったのですから、嵐が過ぎるのを待つのが良いでしょう』

「だなー。メディ、監視カメラの位置と視界算出できるか?」

『ご安心を。現在停車しているここは近隣のビルの監視カメラの視界内です。なにか起きることはないかと』

「運がいいのか悪いのか。とりあえずのんびりしてるか」


 そんな自分の声を咎めたのか、「嫌ァアアアア!」と甲高い声が鳴り響く。近い。


『マスター、私は推奨しません』

「知ってる。けど行くよ」


 バイクのエンジンをふかし、手動運転で悲鳴の鳴った方へ向かう。ついでに携帯端末にインストールしていたサイレンの音を最大音量で流す。運が良ければこれでゴタゴタは片付くだろう。


 などと思っていたら、今度は狼の遠吠えが響いてきた。


 おい待て首都圏だぞココ! と悩むのも馬鹿らしい事を考えながら悲鳴の元へと辿り着く。


 そこには、一匹の影の狼。という表現しかできない異物が存在していた。


「メディ! 運転任せた! ドリフト停車で道塞げ!」

『了解です。マスターはお早くお逃げ下さい』


 そうして足をもつれさせて転んだ女性の手を掴んで立ち上がらせる。


「ヒールは脱いで! 意味が全くわからんですけどとにかく逃げますよ!」

「え、ええ!」


 まぁ、この場合先にバテるのは俺だろうけれどもそこはまぁ考えない。

 何せ、バイクの壁をジャンプして飛び越えてきやがったのだあのクソ狼は。狼って凄いのな畜生! 


 そうして、火事場の馬鹿力的な運動能力にてどうにか狼から逃げる。しかしここらは複雑な路地裏。人のいる可能性のある大通りへ辿り着く前にクソ狼のご飯になるだろう。意味わからん。早く助けてお巡りさん! 冗談抜きで心臓破裂するから! 


 なんて考えていたが、そこは運命のT路地。ちなみに、メディの見せてくれる地図では、右が行き止まり、左が正解。


 しかし、クソ狼との相対速度的に考えて二人で左に行ったら絶対に追いつかれる。


 ……あー、どうしてこういう時にピカッと二人で助かる閃きを引き込めないのやら。やめろや自己犠牲とか中二病の権化だろうが。やめろや親父に恩を全く返せないだろうが。やめろや氷華と一緒に旅行に行けてないだろうが! 


 だから! 俺の最適解は! 


「二手に、分かれます! あなたは! 俺は右! 引っ掛かった方は逃げ回って、逃げられた方は助けを呼ぶ感じで!」

「何、を⁉︎」

「いいから!」


 そうして、運命のT路地の分かれ道にやってくる。


 そして俺は女の人を左に追いやってから真っ直ぐに狼に相対する。


 ここでこいつをぶちのめす。体のフィーバータイムがいつまで続くのかは不明。だがまだ動く。だから! 


「あなた⁉︎」

「行けェエエエエエ!」


 狼の飛びつきを回避してケツを蹴り飛ばし、壁に叩きつける。効果なし。ファンタジー生物かこの野郎。


 だが、まだ体は動く。不思議だ。まるでゲームか何かの中のように感じられてしまう。これは、多分麻薬の類だ。


 けれど、今はそれで良い。


 いつものように殺意を研ぎ澄ます。

 そして、殺し方を探す。


 現在位置はT路地の分かれ道部分。ベビーカーからはかなり距離がある。どうにかバッテリーを爆発させればダメージを起こせるかも知れないが、このクソ狼は壁にぶつかったダメージを受けていなかった。物理無効か? いや、蹴りは確かに入ってる。ダメージとしては微弱すぎたが。


 となると、狼を踏みつけまくってコンクリートの硬さで頭蓋を砕くというVRパルクールスタイルの殺し方は通じないだろう。


 とすれば、あのファンタジーが生物に類するものである事を祈るしかないだろう。狼にやったことはないが、絞め技だ。呼吸ができなくなれば大人しく死ぬだろう……多分。


 さて、そんなか細い希望を抱きつつも高速で動いてくる狼の飛びつきに対処する。足狙いの爪撃だが、幸いにも背中は壁。ならば一つ飛んで、壁を蹴ってもう一つ飛んで稼いだ位置エネルギーをそのまま狼の頭に叩きつけるように空中回転蹴りを放つ。

 だが、蹴りを放った瞬間に嫌な予感がビシビシと伝わってくる。


 躱される? いや、そんなことはない。この狼は俺のことを一瞬たりとも視界に捉えていないのだから。影が被る事もこの明かりの少ない路地ではないだろう。


 だとすると、なんだ? 視界以外の知覚方? ファンタジーか? 

 そう止められない蹴りを放つまでの間に考えていると、目が合った。


『マスター!』

「冗談、そこに目ができるって事はッ⁉︎」


 俺の放った蹴りは、背中から生えた狼の首による噛みつきで食い止められた。


 幸い、プロテクターのおかげで噛みちぎられてはいない。が、傷は深い。激痛で頭がおかしくなりそうだ。


 だが、今ここで恐怖の叫びを上げる事に意味はないッ! 


「ァァァァアアアアア!」


 噛まれ止められたた右足を、体の捻りを使ってさらに押し込む。噛みつき系は基本的に引いたらダメージが大きくなるからだ。


『マスター、ゲームの通りならあの分身はもうすぐ消えるでしょう。しかし、足にダメージを負った今逃げる方法はありません。そして、組みついて絞め殺すのも分身噛みつきによって塞がれてしまいます。……勝機は、ありません』


 だろうな。だが、まだ諦めるには早い。俺はまだ、生きている。

 そして、敵がゲームの通りならば、こっちもゲームの通りにやってやる。


『ここは現実ですよ?』

「残念、俺はゲームと現実の区別がつかない今時の中学生なんだ」


 だが、足のダメージは大きい。高さを稼いでの攻撃も防がれるのだから火力が足りない。


 そんな時、女性らしからぬ猛々しい声と共に鉄パイプが投げつけられた。逃したはずの女性からの援護だった。どうして戻ってきたのか問いただしたいが、それは後だ。


 鉄パイプは生憎とコントロールが悪く狼に当たる前に地面に落ちてバウンドしたが


 その瞬間に、狼の分身が消えた。地に落ちた左足を全力で動かして、その着地点に滑り込む。


 そして、掴んだ瞬間に痛む右足を軸足に、体全体を捻るように運動エネルギーを乗せて、背中に迫るクソ狼に鉄パイプを叩き込む。


 この世界にあり得ない筈の、力のトリガーを引きながら。


「行くぞ、本日2回目謎パワー!」

『有り得ない事ばかりですが、溺れるものとしては藁を掴むのが正道というものでしょう』


生命転換ライフフォース! 全ッ開!」


 叩きつける瞬間に、溢れ出す生命力を鉄パイプに込める。それにより狼の頭蓋は砕かれ、それからすぐにその体は霧散した。


「あー、終わった。もう無理ダメだわ。体動かねえ」

『お疲れ様でした。ですが、この狼がゲーム通りならば、後998匹居ますね』

「そんときゃ死ぬわな。死にたくはないけどこればっかりは無理。右足が逝ったのが致命的だわ。メディ、ベビーカー呼んでくれ」

『最後は逃げると』

「そりゃそうさ」


 そんなぐだぐだな会話をしていると、本気で体がしんどくなったので大の字に倒れて空を見る。


「……なぁメディ、俺生きてる?」

『はい。マスターのバイタルは危険値ギリギリですが正常です。運が良かったですね』

「……あー、死に損なった」

『否定、生きる意志を放棄することを私は推奨しません』

「あー、すまん。言葉の綾だ」

『よろしい』


『通信が回復し次第警察と救急車を呼びます。今はお休み下さい』

「ありがと、メディ」

『いえ、私の仕事ですから』


 新月の夜、路地にて空を見る。

 それは酷く現実味はなく。しかし手に残った感触がそれが確かにあったことなのだと告げている。


「とりあえず、夢オチであることを祈るよ」

『否定、マスターは覚醒状態にありました。故に先ほどまでの戦闘は現実のものです。ネットワーク遮断によりクラウドストレージに映像は保存できませんでしたが、それは確かかと』

「そこは乗ってくれやメディさん」


 さて、ベビーカーのモーター音は聞こえてきた。流石俺の愛機だ。

 そして、先ほど鉄パイプを投げてくれたファインプレーお姉さんが恐る恐るという感じで寄ってきていた。


「こんばんはお姉さん。鉄パイプありがとうございました」

「……正直、何がなんだかわからないんだけど……あなたは何?」

「通りすがりの一般中学生Aです」

「あんな化け物みたいな動きする中学生がいるか! いや助けてくれた事には本当の本当に感謝してるんだけどね!」


 そんな話をしていると、急に体にいつもの感覚が戻ってきた。


 体が、動くことを許していないこの感覚、やはり動けたのは奇跡か何かだったのだろうか。


 だが、意味がわからないことがさらに増えた。


 俺の右足はあのクソ狼に噛まれた。プロテクターは破損している。噛みちぎられる寸前だったのは感覚として覚えている。


 


 まるで、先ほどの死闘が夢か何か出会ったかのように。

 戦いの痕跡は、消えていた。


 さっぱり意味がわからんぜ。


「あー、夢オチって事にならねーかなー」

『マスター、2回目です』


 これが、俺と謎のインディーズゲーム《Echo World》との付き合いの始まりの日の終わりだった。

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