03 命への気づき

 メディからのありがたいアドバイスは貰えたわけで、いくつかの実験をしながらの戦闘再開する。


 まず、このファンタジー狼に生物的な感性があるのかどうか。


 1匹の狼に向けて、研ぎ澄ました殺意を叩きつける。すると、狼は不意に飛び退いて回避行動を行った。多分システム的なものなのだろうが、これはとてもありがたい。殺意のコントロールこそが俺のVR剣道で磨いた技の肝なのだから。


 続いて、俺の周りに狼が集まってくる。これで、実験2が成功。どうやらこいつらは視界か意識を共有しているようだ。殺意に対して群れとして反応できたということは意識の共有と決め打ちしてもいいだろう。間違っててもそんなに損失はないのだし。


 さて、この辺で思考は中断。現状の戦闘に関する疑問点は解消したし狼と戦うとしよう。まだ厄ネタがあるかもしれないが、それは俺が囲まれる前に合流した元殿兵士さんズに任せよう。本陣にきちんと合流できているのだし。


 まぁ、共に戦った仲間として! 俺が居なくなったのを見て見ぬ振りをした方々には思うところがありますけどね! 一言くらい頑張れ! とかくれてもいいじゃないのさ。


『推論、気づいていなかっただけなのでは?』


 だよねー。俺透明人間だものねー。


 何て事を考えながら狼の波状攻撃を凌ぐ。


 囲んでいる狼は六体。そのうち1/20が2匹。大盤振る舞いだなー。


 まず最初に小型が俺の体勢を崩すために足狙いで爪を振るってくる。ジャンプして躱すと後が続かないので、半歩下がっての切り上げにて前腕と頭に衝撃を与える。雑な当て方は剣が痛むのであまりやりたくはないのだが、まぁ西洋剣など基本切れる鈍器なのだし構わないだろう。自分のものでもないのだし。


 さて、吹っ飛ばした哀れな狼くんはあいにくと仕留める事は出来なかったが、狙い通りこちらを狙う二匹目の狼にその身体をぶつけた。これで一息。残りは4匹。


 かと思ったが、あろう事か負傷したその2匹が霧になって小型2匹に吸い込まれていく。そしてすかさずの同時攻撃。

 スピードも耐久力も大した変化はないだろうけれど、問題なのは手数だ。やっこさん、同時に二つの首や爪で攻撃できるようになったと考えるのが当然だろう。そして、もっと厄介なのは回り込んで背中に回った大型2匹。歌は聞こえないが、四面楚歌と言っても過言ではないだろう。


 だからといって降伏なり自殺なりをするほど諦めが良い人間ではないのだが。


 前の2匹が襲いかかってくる。同時に背後から大型が走り出した音を感じる。


 速度を考えると、前の2匹にかけられるのは大目に見てニ手ほど。だが2手かければ間違いなく振り向く前に食い殺されるだろう。だから取れるるのは一手のみ。


 ここが狭い路地とかならどうにでもできる自信はあるのだが、それはないものねだりだ。なので、いつもの乱取りモードの技を使うとしよう。


 目の前の2匹の狼に対して脇構えで殺意を叩きつける。地に構えた一太刀にて2匹を殺すという意志を伝えるのだ。


 だが、当然臆したりはしないだろう。むしろビビられたら困る。


 何故なら、その2匹が足場なのだから。


 そして、狼がこちらに噛みつこうとしたその寸前に殺気をゼロにして前に出る。そして、俺と逆方向の運動エネルギーを持ったその狼を足場にして後方へと上下反転しながら跳ぶ。


 明太子流・敵踏みエスケープだ。


『一般にはムーンステップと呼ばれていますね』


 本当誰だし俺の技の命名権取ったやつ。訴訟を起こしたい気分になってきた。マネーパワーで負けるのは当然だろうけれども。


『そんなに思考を外に置いてよろしいのですか? 戦場ですのに』


 大丈夫。大型は俺のことを完全に見失ってる。殺意の残りが俺がそこにいると錯覚させている……らしい。


『私には理解できませんが、高等技術なのでしょうね』


 ただのフェイントだよメディさん。強い人なら初見で見切ってくるし。


『狼を騙せたのなら構わないのでは?』


 まぁそれもそうか。


 というわけで落下開始。割と狙ったが、きちんと大型の背中に着弾できるようになっていた。これで、まず大型1匹。


 落下のエネルギー全てを使って大型の首を跳ね飛ばす。そして、もう1匹が着地に気付く前に残っている運動エネルギーを受け身の要領で剣に伝えてもう1匹の首を跳ねる。


 ……正直そろそろ油で切れなくなって鈍器になるものだと思っていたから結構びっくりしている。この剣名剣なのな。すげーや。


 そして、今目の前には状況を理解できていない小型が2匹。

 当然ながら、パワーアップされる前に切り捨てるのみである。


 脇構えからの横一閃。普通に切って普通に殺す。やったぜ。


『2匹同時に切るのは普通とは言い難いと思うのですが』


 いやいや、動けてない的だぜアレ? しかもこっちには切れ味バツグンの名剣がある。それくらいやれなきゃ元ランカーの名折れだよ。


『なるほど。マスターが警察に捕まった時はゲームと現実の区別がつかなかったと証言しておきます』


 否定できないからやめーや。


 さて、現状を把握する。まず、「ここは任せて先に行け!」という絶大な死亡フラグを立てた盾さんと弓さんはしれっと生き残っていた。しかも傷は浅い。強か過ぎるだろこの人ら。


 次に、本陣の方に戻った殿戦士達は、前線を下げて狼に対抗している。この分では、防衛は不可能ではないだろう。しっかりと陣取れれば狼の群れに互角以上で戦える強さを彼らは持っているのだから。


 なので、とりあえず今日は終わ……メディ。


『はい、確認しました。死体が霧散し本陣の方へと集まっています』


 今までは死んだフリだったってか! 


『そう考えるのが自然でしょう。そして、狼の中に本陣深くに入り込んでいる個体がいます』


 ……全力で走っても2分届かないか


『ですが、走るべきかと』


 その心は? 


『運が良ければ不意が打てます』


 そいつは上々! 


 そうして、今持てる最速で狼へと走る。




 しかし、たった30秒の差で


 本陣にいた兵士たちは、全滅した。


 まず、殿をやっていた彼らが1000の力を取り戻した群狼シリウスにより喰い散らかされた。あのクソ狼はスピードで三味線引いてやがったのだ。その速度の変化についていけなかった彼らは、迎撃する前に分身噛みつきにより殺された。そこからは流れ作業だ。


 ただ本陣を走り回り、射程に入ったら分身が食い殺す。逃げる間もなく、立て直すまもなく、たった1分半で精兵達は全滅したのだ。


 そして邪魔を殺し切った後に堂々とした姿で。


 シリウスは俺を待ち構えていた。


 なんともまぁ、ムカつく話だ。相対して、目を合わせている俺には感じられる。コイツは、俺を殺すために邪魔になりそうな戦士達を皆殺しにしたのだ。


 そんなことをしなくても、ちょっと街の外に足を向ければホイホイついていく馬鹿相手だというのにだ。


 全く割に合わない。仮想世界の中だといえ、俺の命より先に他人の命が失われるのは、後味が悪いのだ。


 だから、メディ。


『はい、マスター』


 アイツを殺すぞ。


『はい』


『では、戦術プランニングを。大前提として、1000のシリウス相手にはその剣で致命傷を負わせるのは不可能です。硬いので。ですが、現状これ以上の武器を拾うことは不可能です。その隙に殺されます』


 手持ちにガソリンでもあればワンチャンあるんだが……


『無い物ねだりは思考の無駄です。そして、現在地は平原、大木などの位置エネルギーを稼げるものはありません。城壁に登れたとしても、あの程度の高さでは手傷を負わせる程度で終わるでしょう』


 んで、運動エネルギーを作り出せるモノは体以外何もないと。さて、あいにく俺には藁にもすがるような馬鹿な発想しか思いつかないぞ? 


『私も同様です。しかし、最も実現可能なプランがそれしかないのです』


『ヒントは、いくつかありました。戦端を開けた時の“命を燃やせ”という言葉、生命転換ライフフォースというキーワード、そして後ろの二人がそれを使った後の消耗具合。これらから推察するに、マスターと私が見たあの存在感の増大はHPや生命力などのものを消費して使う技と見るべきでしょう』


『そして、マスターのバイタルを魂側から管理している私にはマスターが剣を拾ってからその剣の命に引かれて力を出している……と思わしきデータを測定しています』


 確信はないのかよ


『つまり、可能性はゼロではありません』


 スルーすんなし。

 けど、サンキューメディ。


『ですがこのプランの問題点は3つ。高速で移動してくるシリウスに対してどう一撃を叩き込むか。生命転換ライフフォースを使った状態での身体強化状態にマスターが適応できるかどうか。そして、生命転換ライフフォースの使用可能時間がどれだけあるのかが未知数であることです』


 それなら何も問題はないな。奴は俺が生命転換ライフフォースを扱い切れてない事を前提に置いている。だから、カケラを掴んだ生命転換ライフフォースは見せられない。つまり、力を引き出す意味があるのはインパクトの瞬間だけだ。


『では、どのように一撃を当てるのですか?』


 そんなものは考えるだけ無駄だ。俺はなるべく考えるようにしているが、それでも頭が良いわけじゃない。


 だから、俺が剣に捧げてきた時間を、経験を信じて行く。


『つまり行き当たりばったりと』


 そういう事。


『ならば方針は決定ですね。マスター、お体とお心にお気をつけて』


 メディのその言葉を最後に、左足を前に出し剣を右脇に構え意識を集中させる。視界はあまり意味はない。シリウスのスピードなら俺の視界の外に消える事は一瞬だからだ。


 しかし、シリウスには遠距離攻撃手段がない。行っていないというだけの可能性はあるが、その時はまぁ死ぬだけなので考えるだけ無駄だ。


 つまり、シリウスは剣の届く間合いに確実にやってくる。そこに合わせるのがこちらの唯一の牙だ。


 咆哮と共にシリウスが駆け回る。それには、これから殺すという獣の意志がしっかりと感じられた。そして、吠えた理由はもちろんそれだけじゃ決してない。足跡を消すつもりだ。咆哮の声に比べれば足音は小さい。耳が慣れないうちは草を踏む音など感じられないだろう。そして間違いなくそんな時間を奴は与えてはくれない。それが、奴の考えた戦術なのだろう。


 

 


 そして、予想通りのタイミングでシリウスはやってきた。


 

 


 そして、その完璧なタイミングでありったけの殺意を込めて身体の向きを腰を落としつつ捻る事で変える。


 そして、斬撃が来ると判断したシリウスは一瞬で生み出せる限りであろう分身を出し、しかしそこに痛みがない事に気がついた。


「フェイントって、殺気だけでも結構通じるんだよな」

『ええ、これによりシリウスの分身攻撃は回避できました。彼は自分の体から分身を生み出す時に若干のタイムラグがある。連続での使用は不可能です』


 分身が体に戻るシリウス。しかしトップスピードで突撃してきたコイツは回避行動をすることが出来ず、本体のまま俺の射程圏内に首を差し出してきた。

 故にやるべき事は一つのみ。


生命転換ライフフォース、全ッ、開!」


 生兵法ながらも可能な限りの力で命を込めた剣にて、シリウスの喉元を貫いた。


 そしてそのまま剣を捻り、心臓に向かって剣を走らせる。


 シリウスはとても硬い。しかし、全力の命を使った今の自分なら、この剣ならばその身を切り裂くことができる。


 そうして剣が心臓に達した所で再び剣を捻り、さらに深く突き刺す。


 この狼がどんな生モノかはわからないが、まぁこれで死ぬだろう。


 と、油断した。


 走る姿が、見えた。


 それはとても小さいが、確かにシリウスの分身である事が感じられてしまった。


 夜の闇の中、黒い子犬が街の中へと走り出す。


 しかし、俺にはもう攻撃手段がない。そして、命を燃やし過ぎてしまったせいか体がうまく動かない。


 だが、視線の先に倒れた盾の人と、矢を放った弓の人の姿を見て安心した。


 流石、死亡フラグブレイカーさんだ。


 その矢は、暗闇の中で放たれたと思えないほどの正確さで黒犬を貫いた。


 そして、その命は潰えた。


「お疲れ様でしたー! ……畜生、なんだこのバケモン狼! チュートリアルの難易度じゃねぇよクソが!」

『愚痴を吐いても仕方がないかと。しかし、勝利したのは私たちです。とりあえずスクリーンショットでも撮って自慢するのが良いかと』

「流石メディさん。煽りの心を学んでいらっしゃる」

『ええ、氷華様とお話しする際にこういったモノを提示すると面白い反応が見られるので』


 などと会話しながらもぞもぞとシリウスの死体の下から這い出る。が、正直顔を出したくらいで体に力が全く入らない。どうしたものか……


 などと考えていたら弓の人と盾の人がこちらにやったきてくれた。透明人間なのだけれども気付いてくれるだろうか? まぁ気付いてくれなかったら素直にログアウトするつもりではいるのだが。


「……こんにちは剣の人、気分はどう?」

「こんにちは弓の人。ぶっちゃけ死にそう。死んでも迷惑かけてくるとかこの狼マジでクソだわ」

「否定はしないわ。……コイツは、皆を殺したのだから」

「ん?」

「ん?」


『マスター、会話が成立しているかと』

「マジですか! お願いしますちょっとこの狼どけて下さい重いんです地味に胸が苦しいんですあと血を拭きたいんです」

「まぁ、さっきまで透明人間だったものねあなた。何かの精霊だったりするの? 私農奴上がりだから良く知らないんだけど」

「剣をあれほど見事に振るう精霊は、俺も知らん。まぁ男爵程度では知ることができないものなのかもしれないがな」


 なんて良いつつ狼から俺を引き摺り出してくれるお二方。優しさ満点か。


「お二方、トドメありがとうございました。アレがなかったら街に入られていたでしょうから」

「こちらこそ。私達じゃあ特大のシリウスは殺せなかった。……犠牲は大きかったけれど、それでも私たちは勝ったのよね?」

「ああ、群狼を殺した。それが今日の全てだ」


 そうして息をついたその時、群狼が霧散し、一つの方向へと向かって行く。


 それはまるで、あの時1000の力が集まったあの時のようだった。


「弓の人! まだ生き残りがいるかも知れません! いや、まだ居ます! 方向は城に一直線! 走れますか⁉︎」

「……こちらは罠かッ!」

「まだ、終わってないわ。行くわよロックス! 剣の人、あなたは⁉︎」

「半死半生の身ですが、行かない理由はないですね」

「ならば死力を尽くそうか。届かない事は、足掻かない理由にはならんからな」


 そうして駆け出す俺たち3人。正直しんどいどころではないが、それでもここは走る時だろう。


 そうして門を潜ったその時、待っていたのは地獄絵図だった。


 街の中央部から、数多の魔物が湧き出でている。それは、黒い肌の大鬼であったり、返り血で紅い蛇だったり、緑の肌の小人だったりと多種多様だ。


 それが、人々を蹂躙しながらまちの外へとやって来ている。


 不思議と、背筋が伸びた。足下に転がっていた衛兵さんの剣を拾い、それに自分を流し込む。


 ここから先は帰る道などない死地だろう。


「タクマ、明太子タクマです」

「こんな時に自己紹介? まぁいいけどさ。私はイレースよ」

「俺はロックス・ラッド。男爵の三男坊だ」

「奇妙な食い合わせですね、俺たち」

「1番奇妙なのが何言ってんのよ精霊(仮)。……矢はもうないわ。援護は期待しないで」

「タクマの体も、俺の体も限界が近い。イレース、お前だけなら逃げれるかもしれんぞ?」

「馬鹿言わないで。私はここで生きたいから戦ってんの。行くわよ!」


 そうして、やってくる魔物の群れにひたすらに攻めかかる。


 始めに、ロックスさんが死んだ。体力切れで転んだ所に大蛇が食らいついたのだ。だか、ロックスさんは死ぬ間際に剣を抜き内側から蛇を貫き相討った。


 次に、イレースさんが死んだ。ロックスさんのカバーリングがなくなった事で生まれた隙に小鬼の投石を差し込まれ、動きの止まった所に大鬼の一撃が襲った。しかし、イレースさんは死ぬ前に命の全てを込めた短刀を大鬼に突き刺し、大鬼の心臓に小さな台風を作り出し抉り取った。


 そして、俺は小鬼を捌きながら命を奪い、ただひたすらに前に行く。


 そこになにがあるのかはわからない。しかし、ここまできたのだから最後まで戦っていたいと思ったのだ。


 それはおそらく八つ当たりのような感覚だったけれど、それでも。


 だが、やはり多勢に無勢。まず左手を奪われ、剣が砕かれ、右腕が抉られてボロボロになっている。バランスが崩れた事により蹴りでの攻撃力は激減してしている。どうしようもない。


 やがて、どこかからの閃光によって右足が焼かれて身動きが取れなくなる。


 そんな薄れ行く意識の中で、「ったくしょうがねえな」なんて声と共に俺の体が抱えられるのを感じた。


 強く暖かい、大人の男の背中だった。


 それを見てどこか安心してしまい、俺の意識は落ちた。



 それが俺が《Echo World》においての初めての死だった。

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