してやりたいこと

試行錯誤の毎日だった。

母さんの様子を見て、

嫁との関係も良好に保ち、

良い父親であり、

社畜になる。


社畜になったのは金が必要だからだ。

これから母さんの身に起こることを考えたら幾らあっても足りない。

病気にならないに越したことはないが、なったときに備えて。

最高の病院とまではいかないけど、それなりの治療は出来るだけ受けさせたい。

入院したら個室がいいだろうし、パジャマだってそれなりのものを着たいだろう。


あの頃の母さんは薬代が高いとぼやいていた。

馬鹿高くて飲み込めないほどのデカさだった。

「お母さん、こんなの飲んでるんだよ」

そう弱々しく笑いながら見せてくれた薬は禍々しい色をした小石くらいの錠剤だった。

最初は値段を気にせず飲んでいたが徐々に「払い続けられるのか」と不安になり、「勿体ない」と薬の回数を減らすようになり、最後は「こんな高いの払えないし飲んでも効果ないからいらない」と言うようになった。

そして本当に止めてしまった。

「飲まなくて大丈夫なのか?」

と聞くと

「あんなのセレブか社会の役に立つお偉いさんしか飲まないよ」

と豪快に笑っていた。


でも、

本心は飲みたかったんじゃないか、

本当は医者に言われたこと全てを忠実にやり通したかったんじゃないか、

ただ、その金がなかったんじゃないか。

母さんの荷物を片付けながら、そんなことを思って胸が痛んだ。

あの頃の俺は馬鹿だった。

馬鹿すぎた。

何も知らず、何も気付けず、どこにも至らなかった。

母さんの不安も悲しみも寂しさも無念も、何にも、気付いてやれなかった。

何も言われないのをいいことに、俺は目を背けていたんだ。

泣き言をいわない人だったけど、言えないほど怖かったんじゃないかって今なら思う。

可哀想にな。


だから、今度は、満足する治療とそれに専念できる金銭的余裕を俺が作る。

あと元気なうちに楽しいことをいっぱいしたいしな。



母さんは洋服が好きらしい。

俺には違いがわからんが、同じような服がたくさん出てきたんだ。

遺品整理してたときに嫁がその違いを説明してくれた。

けど、さっぱりわからんかった。

全部同じに見えた。


それでも、忘れられないのが一つだけあった。

タグがついたままの服がたくさん出てきた。

それも全部同じサイズ。

多分、元気な頃より小さいサイズ。


病気してかなり痩せたのを褒めたことが一度あるんだ。

弱っちくなって縮こまってたから励まそうと思ってな。

「おー、痩せてモデルさんみたいだなー」って。

なんだよ、それ。

だろ?

自分でも思うわ。


まあ、その話は関係ないが、想像するに、調子の良いときに調子に乗って買い物に出たんじゃないか。

そんで「病院に行くときに着て行こう」なんて買い込んだんじゃないか。



そうそう、母さんの口癖があってさ。

「病院に行くときは、いつもより良い格好をしていきなさい」

理由を聞いたら

「見舞いに行くときは入院している人が見舞客の服装で人格を疑われる。

 こんなみすぼらしい格好しかできない生活レベルの人とお付き合いしているのね、って言われるんだよ」

それと

「自分が診療してもらうときは変な格好していると足元を見られるから」

だそうだ。

その偏見と勘違い発言で、俺は母さんの人格を疑ったもんだ。



ともかく。

病院に行くときや、ちょっとお出かけするときに着ようって買ったんだろう。

でも袖を通すことなく終わっちまった。

だから、小遣いを渡すなり、一緒に行くなりして、タグがついたままの洋服がないようにしてやるんだよ。

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