俺のミッション
母さんは俺からの金を受け取らなかった。
小遣いだと言っても、どんなに俺が偉い役職について結構な金額を貰って困るくらいだと嘯いても頑として受け取らなかった。
「お前からお小遣いを貰うほど弱ってないよ」
そう言って胸を張った。
これから弱るんだよ、だから受け取ってくれよ。
何度そう言いそうになったか。
俺は母さんのために貯金を始めた。
社畜になってまあまあ納得できる金額を手にするようになった。
家族サービスをしたり妻に渡している生活費を増やしたりして残った分は全額母さんのための貯金にした。
そして、たまに実家に立ち寄った。
ところで。
俺の幼い頃の記憶で残っているのが買い物の後の時間だ。
俺のものでも母さんのものでも洋服を買った日は帰ると決まって「ファッションショー」をした。
買った洋服を全て着てみる時間だ。
遅い夜でも着てみる。
それで気に入れば翌日の学校に着ていかされる。
気に入るのはもちろん俺じゃなくて母さんな。
買った洋服だって母さんの好みであって俺のじゃないし。
女じゃあるまいしファッションショーなんてしたくねーよ。
でも嫌がる俺を人形のようにして素早く着せていく。
着せる、鏡の前に立たせる、脱がせる、違う洋服にチェンジ。
恐ろしい地獄のループだ。
その間、母さんは鼻歌を歌いながら一言コメントを付けていく。
目を輝かせてな。
「ファッションショー」は俺が中学に上がるまで続いた。
ファッションショーは毎回リビングの隣の和室でやった。
だから買った洋服はファッションショーが行われるまで和室に置く習慣が母さんにはあった。
和室に紙袋があれば買い物をしたってことだ。
年金が入った後は買い物をする確率が高い。
案の定、和室を覗くと置いてある。
「母さん、買い物したの? またファッションショーすりゃあいいじゃん。見てやるよ」
軽くおちょくってみると
「いやあだ。いいよお」
と気味の悪い高音ボイスで紙袋を持って行った。
たぶん自分の部屋だろう。
こうやって洋服を溜め込んでいったんだろうな、とハムスターを見るのと同じ感覚で母さんを見送る。
タグがついたままの洋服を残させないという俺のミッションは失敗に終わった。
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