転校生ー夏川雪妃ーI

始業式当日――――


 昨日はあの写真のことが気になってよく眠れず、いつもにも増して眠い。でも、今日から新学期ということで、あの春休みの忘れ形見のような写真のことはとりあえず忘れることにした。


 それにしても、始業式の最中も思ったけど、周りを見回すと代わり映えのしない顔ばかり並んでいる。そういう俺の顔もその景色の一部だろうが。教室を包み込む空気は春休み前と何ら変わりない。まぁ、一から人間関係を築く煩わしさがないのはいいけれど、何も変化がないのもつまらない。唯一変わったことと言えば、席順くらいだろうか。でも、あいうえお順の席順って定期テストみたいでなんか嫌だ。新学期の始まりはいつもこんな感じで愚痴が止まらない。ていうか、愚痴る度にもっともらしい言い訳をしてるよな、俺。春だとか新学期だとか。まぁ、心の中でいくら愚痴っても誰にも聞かれないからいいんだけど。


 そもそもクラス替えがないのはうちのクラスくらいだ。一応うちのクラス、3年10組、


通称『クラスK』は理系の特進クラスで、


二年、三年の二年間はクラス替えなし、担任も持ち上がり。特進クラスと言っても、俺らの代は理系の人気がなくて、俺や西のような落ちこぼれ一歩手前組でも希望すればクラスKに入ることができた。ただ、腐ってもクラスK、例えば西の斜め前に座っている黒縁のメガネのあいつ、立花諒たちばなりょうのように常に東大、京大どこでもS判定を叩き出すバケモノもいる。何故か『チェンコ』というおかしなあだ名だけど、意外と顔がよくてモテるんだよな。クラスKもピンキリって感じ。そう言えば立花の横の席、空いてるけど誰だったっけ?なんてことを考えていると、気付けば10:20、


『キーンコーンカーンコーン♪』


チャイムとともに教室のドアが開きあいつが入ってきた。


 担任で物理担当の小原だ。西と俺は陰で『オハ』と呼んでいる。本当の読みは『コハラ』、だからクラスK。西情報では歳は四十前半らしいが、見た目はそれよりだいぶ若く見える。そのせいか、髪は少し長く茶色に染めているが違和感は全くない。小原はいつも俺の「起立、礼」を待たずに話し始める。小原に言わせると時間の無駄らしい。だから俺も小原の授業の時は号令をかける気はない。


「おはよう。早速、学級委員長だけど希望者おる?」


どうやらこのフランクで軽いノリは今学期も健在のようだ。俺は誰か手を挙げろと、心の底から祈ったが、


「いないようだから、じゃ、いんちょ、今年も頼むわ」


小原は俺の方を向いてひとことそう言うとすぐに次の話題に移ろうとする。学級委員長という大役を決めるのにたった三十秒。すさまじい時間効率だ。一年の時からそう、名簿で一番上にいる俺が問答無用で委員長。そりゃあだ名も『いんちょ』になるよな。いつもならここで俺に春休みの課題の回収を指示してホームルーム終了のはずだったが、この日は違った。小原は教室のドアを再び開け、廊下から誰かを呼ぶ。


「東京からの転校生がいるんで紹介するから。おい、入って来て」


教室全体がざわつく。田舎者は『東京』という響きに弱い。しかも、メンバーが固定化したこのクラスならなおさらだろう。転校生の顔がドアの向こうにチラッと見え、女というのが分かった瞬間、クラスの男共から黄色ならぬ、雄たけびが上がる。俺は窓側の席にいたのでよく顔は見えなかったが、黒髪のロングヘアで可愛いというより美人といった雰囲気。俺は机に頬杖を付き興味のない振りをしていたけど、実際は双眼鏡でも持ってきたい気分だった。


小原が紹介するまでは…


「彼女、夏川雪妃なつかわゆきさん、みんなよろしくな」


えっ夏川って…


それまで俺の中にあった転校生に対する熱狂と好奇心がまるで浜辺に打ち寄せた後の波のようにさーっと引いて行く。鳥肌が立った。小原は今度は転校生の方を見て、


「それとな夏川、クラスに早く慣れてもらうためにお前を副委員長にするからな。あいつが委員長だから分からないことがあったら何でも聞け、勉強以外な」


いきなり副委員長って、いつもの小原の思いつき。教室中から小原の俺いじりに対して笑いが起ったが、全く笑えねぇ。教室を見渡すと笑っていない人間が俺の他にもう一人いた。


それは夏川だった…

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