現在

 斜めに差し込む夕陽が教室の半分を淡い橙色に染めている。一方で陽の届かない残りの半分は暗く、その明暗のせいか、夕方、教室にいるとつい感傷的になってしまう。俺は机に肘を付き、一人窓の外をぼーっと眺めていた。いや、もう一人いるのを忘れていた。


「――――なぁ、いんちょ、聞いとる?これとこれどっちがいいと思う?」


『いんちょ』、それが俺のあだ名。秋月くん、あっくん、あっきー、桜介くん、おうちゃん、おうくん、呼び方は色々あるはずなんだけど。高校に入って以来、その呼び方以外された覚えがない。自分の名前を忘れそうなくらい。


「すまん、にっしー、何の話だっけ?」


「何って、お前。写真に決まってるやろ。これ終わるまで帰れんの」


窓の外から視線を戻すと、前の席に座っていた西がこちらを振り向き不満そうな顔をして俺の方を見ていた。西とは小学校からの腐れ縁で、高校三年間も全て同じクラス。トータル12年も同じクラス、下手すりゃ親より長く接してるんじゃないだろうか。そんな西はどこのクラスにも一人はいる情報屋。そんなこともあって卒業アルバムの編集委員に無理矢理任命しクラス中からアルバム用の写真をかき集めてきてもらったのだ。


「メインの五枚は、春に撮ったのと、夏服で撮った集合写真、この前撮った卒業アルバム用の写真。この三枚はとりあえず確定やろ?で、あと二枚」


「いんちょ、じゃ、残りはこれとこれで決まりやん」


西は笑いながら俺をからかうように二枚の写真を差し出した。写真を見た瞬間、西の笑いの意味が分かった。一枚は俺と西、一人の女の子が写っている写真、もう一枚は校舎の屋上で俺とその子が二人で写っている写真。


「お前なー俺を振った奴の写真を載せるわけないやろ」


と俺は冗談ぽく言い返したが、内心穏やかではなかった。人生で二度目。告白した、というか、告白する流れになったと言った方が多分正しい。それでもあの時は七割くらいはいけそうな雰囲気があった。その分、振られたショックは大きかった。まぁ、俺の前でこのネタを出してくるのはクラスの中でも西くらいだろう。そんな俺の心を読み取ったのか西は、


「すまん、すまん、冗談。でもさ、あの頃楽しくなかった?俺ら、あほみたいに必死だったやん」


とすぐにフォローを入れた。人たらしめ。昔から空気を読んでバランスを取るのが抜群に上手い。羨ましいくらいに。ただ、そんな西の口から次に出てきた言葉は俺にとって意外なものだった。


「そういや、夏川、今日の最終便で東京に行くらしいやん。いんちょ、番号もメアドもラインも全部消したやろ?もう会えんくなるよ」


その話は全部知っていたし、西もそれを知っていてあえて言ったのだろう。でも、俺は誤魔化した。


「その話はもういいから。とりあえず、あと二枚は明日クラスで投票して決めん?それとオハと俺にその写真、説明入れてメールで送ってや。オハのやつ、アルバムがどうなってるか絶対きいてくるやろ」


「オッケー。あとさ、これ、文化祭の後にいんちょに渡してほしいって夏川から頼まれてたんやけど、ごめん、俺忘れてたんよ。じゃ、ばーい」


西は申し訳なさそうにそう言うと、A4くらいだろうか、それくらいの大きさの茶封筒を写真が入ったダンボールの上に置き、そそくさと教室を出て行った。まぁ、西はいつもこんな感じだ。あっ、写真がそのままだ。気付いた時にはもう西の姿はなかった。


「写真くらい片付けていくやろ、普通」


俺は愚痴を口にしながら、ダンボールの上の封筒を手に取った。感触的にはノートのようなものが入っている感じ。その中身も気になったが、とりあえず写真を片付けようと、俺は封筒を置き西の机の上にあった五枚の写真を拾い上げた。その写真を一枚一枚眺めていると、懐かしさとともに何とも言い表せない不思議な感情がこみ上げてきた。ただ、その中の一枚、俺と夏川が二人で写っている写真だけはいつ撮ったのかどうしても思い出せなかった。


 誰しも消し去りたい過去がある。夏川に振られたことは本当に辛かった。ただ、それを忘れたいとは思わない。西の言うようにあの頃は心底楽しかったからだろう。夏川を助けようと、西と一緒に悪戦苦闘し一喜一憂した。この一年、そんな毎日だった。

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