幕間.千歳のあなたに - 6
母が死んだ翌日。
姉が山へ食糧を探しに行っている間に、妹は動かない体で這いながら家から出て、川に身を投げた。
死のうとしたのだ。
しかし、姉がすぐに帰ってきて、妹を助け出した。
「なぜこんなことをしたの!?」
「死なせてください、姉様……。父様と母様が死んだのは私のせいです。私がいなければ、父様が死ぬことはなかった……。そしたら、私たちが村人から忌み嫌われ、村を追い出されることもなかった。母様が死ぬこともなかった……。私がいなければ……父様も母様も姉様も、幸せに暮らせていけたんです……」
「呪いはあなたのせいではないわ。あなた自身も苦しんでいるのに……」
「今からでも私がいなければ、姉様は一人で他の村へ行き、今より良い暮らしをすることができるでしょう……」
「そんな生活なんて何の意味もない!」
姉は涙を流しながら、妹を抱きしめた。
「あなたは私のたった一人の家族なのよ! 私にはもうあなたしかいないの……私を独りにしないで……」
「姉様……」
妹は自ら命を絶つことを諦めた。彼女が自ら命を絶てば、姉は悲しむだろう。妹は、姉を悲しませたくはなかった。
(姉様、だったら私を殺してください……。私を憎んで、殺してください……。そうすれば、姉様は悲しまずに、自由の身になれます……)
妹は泣きながら、姉が自分を殺してくれることを願った。
苦しみの日々は続く。
病で衰弱して動けない妹を、姉は看病し続ける。
姉は毎日山の中へ食べられる野草や魚などを取りに行った。獣に襲われて怪我をすることも多かった。また、村人たちは相変わらず山の中へ入ってきて、姉の姿を見れば殺そうとした。
季節は移って行き、また冬がやってきた。
冬の山の中では、食べ物はさらに手に入れ難くなった。姉は一日中、山の中を歩き回って、何一つ食糧を見つけられない日もあった。そんな日は姉妹で身を寄せ合って、樹木の皮を噛みながら水を飲んだ。そうすれば、物を食べた気分になることができた。本当に腹が膨れるわけではなかったけれども。
そして呪いの余波は、姉をも蝕み始めた。
彼女も次第に体が弱っていった。今までは妹が動けない分、姉が山の中を歩き回って食糧を探していたが、それも難しくなっていく。
しかし、衰弱していく二人を助ける者は、誰もいない。
やがて、長く厳しい冬が終わりを告げる。
空気の中に春の暖かさが宿り始め、山中に新たな生命が芽吹き始めた。
しかし、既に姉も妹もまったく動くことができなくなってしまっていた。
蓄えてある食糧もない。
あとはもう、飢えて死ぬのが先か、呪いに殺されるのが先か。
ボロボロの家の中で、二人で命が尽きる時を待つだけだ――妹はそう思った。
けれど。
「……が……なければ……」
姉は弱った体を必死に動かし、横たわっている妹に馬乗りになった。
「……許……せない……」
彼女は怖ろしい形相で妹を見下ろしていた。言葉は虚ろだったが、姉の表情には怒りと憎悪が宿っていた。
ギョロついた目で睨みつけてくる姉に対し、今にも殺されそうになっている妹は――
微笑んだ。
どんなに愛情を持っていても、苦痛の日々が続けば、その愛情が憎悪に変わるのは仕方ないことだ。
(ああ、やっと姉様は私を憎んでくださった……。私を殺してくださるんだ……)
妹はホッとした。
肩の荷が下りたような気がした。
「ありがとう……ございます……姉様……今までずっと……迷惑をかけて……ごめんなさい……。姉様は……姉様だけは……幸せに……生きて――」
姉は手を振り下ろし、妹の胸を貫いた。そして心臓を抉り取った。
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