幕間.千歳のあなたに - 5

 またある日、姉が頭から血を流して、家に帰ってきた。

「な……何があったのですか、姉様!」

 妹が心配すると、姉は強がった顔で答える。

「大丈夫よ。少し気が立った村の人に見つかってしまって……」

「……ごめんなさい……私のせいで……」

「何を言っているの、あなたのせいではないわよ」

 姉は妹が気に病まないように、笑顔を作って言う。

 人間たちは鬼の母娘を村から追い出しただけではなく、時々山に入っては彼女たちを捕らえて殺そうとした。『呪い』で人間の青年が死んで以降、村で起こった不幸はすべて鬼の母娘のせいにされたからだ。

 村で誰かが病にかかれば、鬼の母娘が人間を呪っているのだと言われ、彼女たちを殺せば病が治ると言われた。

 誰かが事故で命を落とせば、それもまた鬼の母娘がやったことだと噂された。

 作物が不作になれば、鬼が毒を撒いているのだと決めつけられた。

 そのため村人たちは、鬼の母娘を殺せば自分たちに降りかかるあらゆる災いが消えると考え、母娘を殺そうとしたのだった。

 人間にも鬼にも頼ることができない境遇の中で、母娘たちは生きていくしかなかった。


 日々は苦痛で埋め尽くされていた。

 しかしそんな毎日の中でも、姉は妹を愛し続けた。いつも妹を気遣い、妹を看病し、優しい存在であり続けた。

 妹はそんな姉の愛を嬉しく思う反面、苦しくもあった。姉に何も返すことができない自分を嫌悪した。

「私がいなければ……姉様と母様だけだったら……遠く離れた場所に行って生きていくこともできるのに……私のせいで……。ごめんなさい……ごめんなさい……」

 妹は毎晩のように泣いた。

 呪いで体が衰弱して動けない妹がいなければ、姉と母だけで別の集落へ行くこともできるだろう。そこで鬼という素性を隠して生きていくこともできるはずだ。

 しかし、姉は妹の涙を拭いながら言う。

「そんなことを言わないで。あなたがどれほどあなた自身を憎んでも、私はあなたのことを好いているのよ。もしこの世界にあなたがいなければ、私はきっとこのつらく苦しい日々に耐えることができないわ」

「……姉様……」

 姉の優しい言葉を聞くと、妹はもっと泣いてしまうのだった。

 しかし、苦しみの日々が続けば、いつか姉の愛情も憎悪に変わってしまうのではないだろうか。それが妹には怖かった。


 しばらく時が過ぎ――

 母が命を落とした。

 妹が抱えていた呪いの余波が父を殺したように、それは母の体をも蝕んでいたのだ。

 姉は母の死体を山の中に埋めた。彼女の夫の墓は村の中にあるため、同じ場所に埋めてあげることはできなかった。

 人間から疎まれ、鬼の仲間もいなくなってしまった母の死を知る者は、娘の二人だけだ。母は誰にも知られることなく、ただ苦しいだけの日々の中ですり減り、そして死んだ。

「お母様の人生は……一体なんだったんだろう……」と姉はつぶやいた。

 妹は何も言えなかった。

(全部、私が悪いのです……私がいなければ……ごめんなさい……ごめんなさい、母様……)

 彼女は心の中でひたすら謝り続けた。

 そして姉妹は、たった二人だけになってしまった。

 これからは彼女たちだけで生きていかなくてはならなくなった。

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