幕間.千歳のあなたに - 4

 現世うつしよの存在たる人間と、幽世かくりよの存在たる鬼たちは、世の理として交わってはならない。

 その禁忌を破り、鬼と人間の血を半分ずつ受け継いで生まれた姉妹は、世界に嫌われた。ゆえに姉妹の妹は、体内に強い呪いを持って生まれてしまった。

 その呪いの名は『死』である。

 命を持ったあらゆる存在は、老いや病や事故などで命を落とす。『死』は生きとし生けるものに平等に訪れ、逃れることができる生物はいない。一つの生命に一度だけ訪れる無慈悲にして平等な『死』を、無数に集めて凝縮したもの――それが、妹の体内に宿る『呪い』だった。

 その呪いゆえに、妹は生まれた時から熱病を繰り返した。

 鬼の血を半分受け継いでいたため、本来、彼女は人間よりも遙かに丈夫な体と強い生命力を持つ。しかし、呪いに冒された体は衰弱し、彼女はいつも床に伏して起き上がることさえ難しかった。もしも鬼の生命力を持っていなければ、生まれて間もなく呪いによって絶命していただろう。

 満足に動けない妹を、姉と母がいつも付きっきりで面倒を見ていた。

「はぁっ、はぁっ……苦しいです、姉様……」

「大丈夫よ、私がここにいるから。絶対に大丈夫だから……」

 姉は妹が苦しんでいる時、いつも傍にいて、彼女の手を握った。姉は医者でも薬師でも方術士でもないから、妹の苦しみを取り除くことはできない。だから、妹の不安だけでも和らげようと、傍にいて手を握った。

「ご飯を用意したわ。食べられる?」

「ありがとうございます……でも、姉様はちゃんと食事を取っているんですか……? 私よりも、姉様と母様が食べてください……」

「あなたが心配することはないのよ。私たちはちゃんと食べているから。それに、あなたこそちゃんとご飯を食べて、体力をつけるべきだわ」

「姉様……」

「ごめんね、私たちにはご飯を用意することくらいしかできなくて……。あなたの苦しみを、肩代わりしてあげることができたら良いのに……」

 姉は目に涙を浮かべながら、申し訳なさそうに言った。

「姉様が謝ることなんてありません……」

 むしろ謝るべきは自分の方だと、妹はいつも思っていた。

 彼女たちが生きていた時代は、現代と違い、食糧が常に不足し、生活していくだけでも困難を伴う時代だった。一部の裕福な者を除き、多くの家庭では子供たちも毎日働かなくてはならず、労働力とならない者には生きている資格すらない――そういう時代であった。

 彼女は自分が負っている呪いと、自分自身の存在を憎んだ。

「ああ、私はいつも姉様と母様に迷惑をかけている。そのうえ、動くこともできず、こんな私に生きる意味などあるのだろうか……」


 鬼の母と半鬼半人の姉妹。彼女たちの苦しみは、妹が抱える『呪い』だけではなかった。

 人間の父が命を落としたことをきっかけに、彼女たちは村人から忌み嫌われた。そのため村の中で生活することもできなくなり、彼女たちは村の外の山中に荒屋あばらやを立て、その中で暮らしていた。夏は暑く、雨が降れば水が屋根から滴り、冬は冷たい風が吹き込み、穏やかに暮らすことなどとてもできない家だ。獣の巣と大差ないだろう。

 母娘たちは、快適さとは程遠い家の中で、寝起きをするしかなかった。

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