幕間.千歳のあなたに - 3
双子の娘が生まれてすぐに、青年は原因不明の熱病に冒されるようになった。医者に見てもらっても一向に治る気配がない。そして彼は方術士としての知識により、病の原因が医学の領域ではないことをすぐに悟った。
これは『呪い』だ――青年はそう理解した。しかも魑魅魍魎や低級神による呪いではない。その程度ならば、彼の力をもってすれば祓うことができた。しかし、これは世界の理に関わるほどの呪いだ。
呪いの源泉もすぐにわかった。彼の娘の一人――双子の姉妹の妹が、生まれた時から青年と同じような病の症状をたびたび見せていたからだ。
青年が方術士の技を使って
青年は自らが鬼たちに言った言葉を思い出した。
『幽世の存在である鬼と、現世の存在である人間は、世の理として交わってはならない』
彼はその理に反し、鬼と交わり、子をなした。それゆえ娘の一人が世界に呪われてしまったのだ。
間もなく、青年は命を落とした。鬼そのものである彼の妻や、鬼の血を受け継いでいる娘たちに比べ、純粋な人間である彼は生命力が弱く、最も早く呪いに耐えられなくなったからだ。
青年が死んだことは、またたく間に村中に広まった。
村人たちの間で噂が吹聴され始める。
「青年は鬼たちに殺されたのではないか」
「彼の妻は鬼だった。妻に食われてしまったのではないか」
「生まれた子供たちは鬼の血を引く鬼子だ。子供たちが父親を殺したに違いない」
「やはり鬼は怖ろしい。人間が関わるべきではない」
「奴らが村の人間と親しくしているのも、俺たちを油断させて、殺す機会を伺っているに違いない」
「鬼をこの村に置いてはおけない。早く追い払わなければ……」
鬼を受け入れ始めていた村人たちは、再び鬼を怖れるようになっていった。そして、恐怖は憎しみと嫌悪へ転じていく。
鬼と親しくしていた者たちも、以前のように関わりを絶つようになった。
夫を失った母鬼とその娘たちも、やはり村人たちから忌避された。
鬼の母娘が村の中を歩けば、住人たちは冷たい目を向けた。
大声で母娘を罵倒する者もいた。
彼女たちの家の畑は村人に荒らされ、作物が取れないようにされてしまった。
そのせいで食べる物がなくなっても、村人たちは彼女たちに食糧を分け与えなかった。
彼女たちが外出している間に、家の屋根や壁が壊されていたこともある。そのため母娘は雨漏りに悩まされ、隙間風に震えた。
「これでは生活もままならない。私は死んでも構わない。しかし、愛する人との子である娘たちだけは、必ず守らなければ……」
母鬼は娘たちを連れて、山に住んでいた鬼の仲間たちに助けを求めようとした。
しかし鬼の集落があったはずの場所へ行くと、そこには誰もいなかった。鬼たちが住んでいた跡だけが残っていた。
「……ああ、私の仲間たちは、幽世へ帰ってしまったのだ」
そう母鬼は悟った。
鬼たちはかつて青年と約束をしたからだ――
『もし我々のために一人でも人間が命を落とすことがあれば、我々は人のもとを去り、幽世から二度と出ない』
――と。
だから、もう仲間の鬼たちは、現世にいることができなくなったのだ。
そうして母親と娘たちは、人間の世界に取り残されてしまった。
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