幕間.千歳のあなたに - 2

 青年は鬼の棲み家にたどり着く。彼は襲われることもなく、鬼たちに迎え入れられた。鬼たちは人間とは異なる姿をしていたが、さほど凶悪には見えなかった。

 鬼の長と名乗る者が現れ、青年と話をする。

「我々は人間を襲うつもりはありません」と鬼の長が言う。

「では、何が目的なのか?」

 青年が問うと、鬼の長が答える。

「私たちは人間と共に暮らしたいのです」

 多くの鬼たちとは異なり、この山に住み着いた鬼たちは、人間を弱者や蹂躙する対象と見るのではなく、むしろ愛すべき素晴らしい存在だと考えていた。彼らは人間を好ましく思い、人間と共に在りたいと言うのである。

 鬼たちの言葉を聞き、青年は呆気に取られて驚いた。

「お前たちのようなことを言う鬼は見たことがない。だが、鬼が人間と共に暮らすなど、難しいだろう」

「承知しています。人間は鬼を怖れていますから」

「然り。それに加え、幽世の存在である鬼と、現世の存在である人間は、世の理として交わってはならない」

「しかし、我々は人間と共にありたいのです。どうか、私たちと人間の間を、あなたに取り持ってもらえないでしょうか」

 青年は答えに窮したが、鬼たちに一つの約束をさせた。

「わかった。だが、一つだけ誓え。たとえどのような理由があっても、もしお前たちが人間を一人でも殺してしまったなら、人間と交わることを諦めて幽世に帰るがいい」

「天の大御神、幽世の大御神、八百万の神々に誓いましょう。もし我々のために一人でも人間が命を落とすことがあれば、我々は人のもとを去り、幽世から二度と出ないことを」


 青年は鬼と話してきたことを、村の人々に伝えた。

 村人たちは戸惑いながらも、青年の言うことを信じることにした。

 それ以来、鬼たちは時々村に下りてきて、村人たちの仕事を手伝うようになった。これは青年が鬼たちに提案したことであった。人間に力を貸すことで、自分たちが敵ではないと伝えるがいいだろう、と。

 青年の提案が功を奏し、村人たちは少しずつ鬼たちの存在を受け入れ始めた。村人たちは鬼を怖れながらも、彼らとの共存を続けていく。一部の村人は、鬼と友人のように仲良くなった。


 青年もまた鬼たちと交わるうちに、一人の鬼の娘と仲を深めていった。彼女は額に小さな角が生えていることを除けば、人間と変わらない外見をしていた。

 彼女は心優しい性格で、純粋に人間を愛し、人間と共に生きたいと願っていた。鬼は人間よりも力が強く、異能の力を使うことができる。鬼の娘は、それらの能力も人間のために役立てたいと思っていた。

 青年は鬼の娘に尋ねた。

「なぜお前たちは、そのように人間に寄り添おうとするのだ?」

 鬼の娘は答えた。

「私たちは人間の在り方を尊きものと思っています。彼らは和を重んじ、弱き者を助け、仲間のためなら自らの命を捨てても戦う勇敢さを持ちます。人間とは異なる存在である私たちをも受け入れる寛容さがあります。このような心持ちは、鬼たちではなかなか持てないものです。私たちは人間に憧れ、ゆえに共にありたいと思うのです」

 青年は娘の言葉に、眉をひそめた。

「お前は人間の善きところしか見ていない。確かに人間には、他者への慈しみ、異質の者をも受け入れる寛容さ、そして時には強き者に立ち向かう勇敢さがある。しかし同時に、醜いところも多く持つのだ。私は、いつかお前たちが人間の醜さを知り、絶望してしまうのではないかと思う」

「決してそのようなことにはなりません」と鬼の娘は断言した。

「なぜそう言い切れるのだ?」

「私は貴方様を愛しておりますゆえ。仮にどれほど人間の醜い面を見たとしても、貴方様が人間である以上、私は人間を嫌うことはないでしょう」


 やがて青年は、その鬼の娘を妻とし、契りを結んだ。

 彼女は青年の子を授かり、十月十日とつきとおかの後、双子の姉妹が生まれた。

 姉は父に似ており、妹は母に似ていた。

 人と鬼の間に生まれた子供たち――


 それが禍いの始まりだった。

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