幕間.千歳のあなたに - 6
数分後か、数時間後か、あるいは数日後か――
妹は荒屋の布団の上で目を覚ました。
「私……心臓を抉られて死んだはずなのに……なんで生きている……?」
不思議に思っていると、さらに彼女は自分の異変に気づいた。
手を動かすことができる。
足も動く。
そして、彼女は立ち上がることができた。
今までは衰弱して全身にまったく力が入らず、指先さえ動かすことが困難だったのに。生まれてからずっとつきまとっていた体の倦怠感はなくなり、体が軽い。
「呪いが……消えた……? 姉様! 姉様!!」
妹は姉の姿を探した。呪いが消えたのだとしたら、姉も回復しているはずだ。
この体が自由に動くようになったのなら、もう今までのような苦しい生活をする必要はない。すぐにでも二人で遠くの村なり町なりへ行き、もっとまともな生活をすることができるだろう。鬼の血を半分受け継いでいるため、姉妹は人間よりも遙かに身体能力が高い。その肉体的な有利さがあれば、どこへ行っても生きていくことができるはずだ。姉妹で手を取り合って生きていけば、きっと幸せになれるはずだ。
苦しみの時間は終わった。
これからは姉妹で幸せに生きていけるはずだ。
しかし――
妹は、自分のすぐ傍で、姉が倒れていることに気がついた。
「姉……様……?」
彼女は姉の胸に耳を当てた。
心臓が動いていなかった。
「どうして……」
姉は死んでいた。
妹は知らなかったのだが、鬼は相手を殺すことで、相手の呪いを奪うことができるのである。
姉は妹を殺そうとし、誤ってその呪いを奪ってしまい、そして死んだ。
身を寄せ合って生きてきた姉妹だったが、結局最後には、姉は妹を殺そうとし、妹は姉に呪いを押しつけて殺してしまった。姉妹はお互いを愛していながら、最期の最期で殺し合ったのだった。
妹は愛する姉の亡骸を抱きながら、いつまでもいつまでも泣き続けた。
彼女は家族をすべて失い、一人ぼっちになってしまった。
その後、妹はどこへ行き、どうやって生きたのか、あるいは死んだのか。
行方を知る者は誰もいない。
それ以来、村では数十年に一度、鬼の姉妹と同じように『呪い』を宿した姉妹が生まれるようになった。呪いは姉か妹のどちらかの体に宿り、姉妹の片方の命を奪った。
鬼の姉妹を苦しめた呪いは、長い時を経てもその地に留まり続け、村で生まれる姉妹の命を奪い続けているのである。
◇ ◇
「その村はね、『鬼が囲む村』『鬼を見ることができる村』として、『見鬼囲村』と呼ばれていたそうよ。今、私たちが住んでいる美癸恋町のことね」
そう言って母は、この町に伝わるお伽噺を語り終えた。
つきねはうとうとしており、もう母が語る話をほとんど聞いていないようだった。
ここねの方はというと、母の話を聞き終えて、泣き出してしまった。
「ごめんごめん、泣かないで! 怖い話をしてごめんね、ここね!」
慌てて母はここねを慰めた。
「ぐすっ、うう……ちがうの……。こわくてないてるわけじゃないの……」
ここねは声を震わせながら言った。
「じゃあ、どうして泣いてるの?」
「うぅ……わかんない……でも、イヤだよぉ……ぐすっ……」
ここねにも、自分がどうして泣いているのかわからなかった。
ただ、鬼の姉妹の最期が、どうしようもなく悲しかったのだ。
ここねは涙を浮かべながら、愛する妹を強く抱きしめる。
「わたしはなにがあっても、つきねをまもるからね……ひとりにしたりしないから……」
つきねはここねに抱きしめられながら、きょとんとしていた。彼女はまだ幼かったから、お伽噺の意味も、姉が泣いている理由も、まったくわかっていなかっただろう。
けれど、泣いている姉を少しでも慰めたいと思ったのか、つきねはここねの頭を撫でながら言った。
「なかないで。つきねもおねーちゃんと、いっしょにいるから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます