第1話前編.クローバーに約束を - 6

 体育館から教室に戻ると、担任教師からお祝いの言葉が送られる。

 話をしている最中に先生が泣き出すものだから、クラスのみんなで慰めることになってしまった。

 この後クラスの全員で打ち上げに行くことになっているが、今ここねは同級生たちと一旦別れ、廊下をゆっくりと歩いている。

 ここねが三年間通った中学校の校舎だ。

 当然色々な思い出があるけれど、ここねが鮮明に覚えているのは友人と過ごした時間よりも家族であるつきねと共にした時間だった。

 今日限りで会わない友人もいるかもしれないというのに、という気持ちがないわけではない。

 自身のある種の薄情さよりも気にかかる問題がここねの中に居座り、主張する。

(つきねのことばかりじゃん……私!?)

 しかし、それが今のつきねには解決しようのないものだということも分かっていた。

 ふとここねの目に入る風景のそこかしこに、つきねとの思い出がある。


 ――今歩いている廊下。

 昨年の文化祭、学年も違うのに二人の自由時間を合わせて一緒に回った。


 ――廊下の窓から見える校庭。

 借り物競争で「あなたが可愛いと思う人」というお題で、ここねは迷わずつきねを連れてゴールした。


 ――この先の何の特徴もない廊下の角。

 些細なことでケンカしてバラバラに登校したことだってある。

 ケンカ中ですれ違った時に二人して顔を逸して無視した。


 ――今は卒業生やその両親の姿が多く見られる校門。

 家に帰ったら仲直りしようと思った日の放課後、つきねが待っていてくれた。

「おねーちゃんの靴……まだあったから」

 あまり自分から誘うことのない妹が、仲直りにカラオケに行こうと言ってくれた。

 思いっきり歌った後は、もちろんつきねの好物のハンバーガーを食べて帰った。


 写真に残したものも、残すほどではなかったものも、ここねにはいくらでも思い出せる。

 ただ、この場所でつきねとここねの新しい思い出ができることはない。

 ここねは廊下の角を曲がったところで、思わず小さな声を漏らした。

「あ」

 声が重なる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る