第1話前編.クローバーに約束を - 5

 いつもより昇降口までの距離が短く感じられた。

 自分の下駄箱に向かうつきねの背中を眺めながら、小さな日常の一コマも最後なんだとここねは強く思う。

 つきねが音咲高校を受験して合格するものと仮定しても、一年間はバラバラの学校に通うことになる。

 あって当たり前のものが欠けてしまう。

 自分自身を半分失うような――そんな不安がここねの胸の奥に少しずつ溜まっていく。

「こんなこと考えても仕方ないのにね……」

 ここねは不安を消し去ろうと左右に小さく首を振る。

「ここねちゃん、おはよー」

「ぅおわーっ!?」

 ここねが振り返ると、同級生の桜ヶ丘まねが怪訝な顔をしていた。

「驚きすぎでしょ……それより、今なんか言ってなかった?」

「ううん、何にも」

「ふーん」

 まねの疑いの視線がここねを突き刺す。

「とりあえず教室行こ行こ……! クラスメートと過ごす時間もわずかだ!」

 まねのおかげで、しんみりした気分が何処かに行ってくれた気がして、感謝の気持ちを込めながら急かすように彼女の背を押した。

「え、なになに……押さなくたって行くから~~」


 卒業式はプログラム通りつつがなく進む。

 呆気なささえ感じてしまうくらい順調だった。

 卒業証書を受け取るため、壇上に上がる時も、緊張や感慨は思ったより小さかった。

 ここねの胸には在校生につけられた「卒業おめでとう」のリボン。体育館には拍手が響いていた。大きな拍手に送られ、卒業生が色とりどりの花飾りがついたアーチをくぐっていく。

 その中の一人であるここねは、視線を向けた在校生の席につきねの姿を見つけた。

 つきねもニッコリと笑顔を返してくれる。

 朝に見たのとは違う柔らかな微笑み。大好きな妹の優しい表情だった。

 すぐにその笑顔を見ることはできなくなり、胸の奥がキュッと締め付けれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る