第68話 番頭就任

 大路通りの文具店を探し当て、会社の名刺を差し出すと、四十歳前後でポッチャリとした体格の川岸さんは、ふっくらと張った頬をこわばらせて訝しげな表情をした。

「もうちょっとじっくり話を聞こうか」

 奥の事務所に招かれ、ソファに腰を下ろした。

 川岸さんは最初、僕が印刷の営業に来たと思っていたようだ。これから作りたいと考えている情報誌のことを熱心に語る様子を見て、ようやく誤解もとけたようだった。緊張した頬を緩ませ、番頭の活動について話し始めた。

 川岸さんによると、星天堂では『星のまち新聞』というものを発行しているという。最新号を見せてもらうと、星天堂の活動紹介とともに、お店や特産品、観光スポットが掲載されていた。それはまさに、僕が作ろうとしていたものだった。

 近いうちに番頭の交代があり、川岸さんから市役所へ僕を推薦しておくということに決まった。

 三月末、ひとりの番頭が辞め、新たに僕が加わることになった。

 結局、会社は辞めなかった。また「仕事がないから選挙に出た」と言われて足を引っ張られないように、直前まで辞めないほうがいいという父の言葉に従った。

 情報誌はボランティアでやればいいと思う。

 四月の第一日曜には、古い蔵を改修した星天堂裏のイベントスペースで委嘱式が行われ、市長から番頭の委嘱状が手渡された。翌日には、大したニュースがなかったためか、その式の様子が地元新聞にカラーで取り上げられた。すぐに会社でも話題になり、稲門会でも記事を見たと言う人が少なくなかった。

 また、市内全戸に配布される『星のまち新聞』には、プロフィールと顔写真入りで新番頭が紹介された。僕の名前と活動を知ってもらうには、どれも効果抜群だろう。

 これから、さらにお店紹介などで星野川を回れば、きっと活動の輪も少しずつ広がっていくと思う。

 新たな選挙運動のはじまりに、自然と胸が高鳴った。

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