第64話 悔しさは今も

 入社した年の七月に、衆議院選挙が行われた。

 佐々木さんを応援するために、県民会館の大ホールで開かれた総決起大会に参加した。

 会場前面のステージに吊るされた巨大なスクリーンには映像が流れ、暗いホールに光を投げかけている。場面が変わるたびに、会場全体の明暗が変化する。不安定な暗闇の中で、自然と視線はスクリーンに集まっていた。

 揺れ動く光の中では、佐々木さんの支持者たちが、代わる代わる応援メッセージを送っている。

「佐々木さんじゃないとあかんねで、応援してるんや。がんばってもらわなの」

 一人のおばあさんの言葉が、まるで僕に向けられたように感じられ、深く胸の奥に突き刺さった。涙を流しながら「ちびてぇ手して。かわいや」と、握手した僕の手をさすってくれたおばあさんの姿が思い浮かんだ。

 頭の奥がかっと熱くなり、涙が込み上げた。

 自分は、応援してくれた人の気持ちに応えられなかった。

 期待を裏切ったのだ。

 そう思うと歯痒くて、涙がこぼれた。

 周囲には稲門会のメンバーが集まっていた。傍らに立つ大学の校旗は、暗い海に荒立つ白い波頭に濡れそぼったかのように、床に向かって静かに重くエンジ色の裾を垂らしている。

 光と闇が揺れ合う中では、僕の涙も誰にも気づかれる心配はないだろう。右の手でポケットからハンカチを取り出し、そっと涙を拭う。

 やり場のない悔しさが込み上げた。何もできない自分が歯痒かった。忘れられない記憶が、胸のうちに溢れてくる。消し去ろうとしても消せない傷だった。

 そう、きっと未練がないわけではないのだ。

 流れる涙を押し殺すように、きつく奥歯を噛み締めた。

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