第5話 寄る辺無き者

 ここからが、地獄の始まりだ。白羽の矢とは本来、生贄の選定を意味している。

 帰郷後まもなくのことである。十一月に入り、雪もちらつき始めた頃、金森県議が議事堂を出たところで倒れ、亡くなってしまったのだ。脳卒中だった。享年七十歳。市議一期を務めたあと、県議に立候補し、七期三十二年目の在職中である。

 そんな金森さんも一度、落選を経験している。三期目の終わり、次の選挙で当選したら、その次は知事選に、という話が出ていた時だ。

 田舎では、人より秀でた人間を嫌う。横一線が農村社会の暗黙の掟であり、個人の能力差を際立たせる競争は、村落共同体の秩序を脅かす。秩序とは、水平意識に守られた自尊心の集合である。サラリーマン家庭が増えた現在でも、先祖伝来の田畑に深く根づいた村意識は変わらない。純朴と陰湿は、表裏一体である。強い光で他者に影を作らぬ相手にだけ、優しく微笑むことができるのだ。

 金森さんは根も葉もない悪評を流され、さまざまに足を引っ張られて落選した。この不名誉は逆に、この人の優秀さを物語っているのかも知れない。殉職ともいえる言える死は、そんな偉大な人にふさわしいものであったように思われる。

 本来なら、この時点で立候補を諦めたほうがよかったのだろう。これ以降、選挙運動は大変なものなっていく。

 自分自身、読みが甘かったと思う。そのときは、金森さんの死によって、選挙の一切を取り仕切る父の負担が大きくなるだろうと感じただけであった。

 町内の家々を、父に連れられ立候補の挨拶に回ったとき、「選挙は地盤・鞄・看板と言ってな、これまでの選挙は、地域票の地盤、鞄は金やな、この二つが大切やった。これからは変わる。変わらなあかんのや。お前には早稲田という看板があるんやで、大丈夫や。今の議員を見回しても、そんな人間はおらん。これからは、地域のしがらみに捕らわれず、市全体のことを考えられる人間が出てこなあかんのや」と道々、父は話していた。

 それを聞き、自分はこの「看板」に守られるものと、迂闊に信じていたのだ。

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