第四話 秘密を打破した私は(下)

「緋菜、怒ってる?」

「ん、怒ってはないよ。仕事に行きにくいなぁとは思ってるけど」

「だよな。うぅん、ごめん」


 昌平は明らかに肩を落とした。自分でも、そこは引っ掛かっていたのだろう。そうだよなぁ、と零しては、静かに溜息を吐いている。


 プロポーズなんてまだ先の話だ、と思っていた私にとっては、とても嬉しいサプライズであったことは確かだ。ただそれが、職場でされるとは思ってもみなかっただけである。しかも、働き始めて幾らも経っていない。暫く、いやずっと、酒の肴にされるのは目に見えている。でも……私は一つ気になっていることがあった。それは今、私が手に持っている花束である。


「そんなに落ち込まなくって良いんだけどね。でも、昌平。私一つ聞きたいことがあるの」

「ん、何」

「うん。これ、会社に頼んだよね?いつも仕事で使ってる花屋さんのリボン。昌平が偶然ここで買って来た可能性もあるけど……」


 そこまで言って、私が見た昌平の顔。あぁなるほど。そういうことか。私の疑いが、確信に変わる。


「プロポーズしませんか、を使ったでしょ」

「えっ、あぁ……えっと」

「いや、隠したって無駄だよ。私が関わってる仕事だよ?」

「だよ、な」


 昌平は少し悩んでから、実は、と話し始める。この計画がどこまでの人が知っているのか。私は聞いておく必要がある。それに。何も知らなかったとは言え、今日の主役は私じゃない。陽さん達にも、きちんと謝罪をしておかねばならない。


「たまたまな、ホームページを見たんだよ。その、緋菜はどんなところで働いてるのかなって。その時に、プロポーズのヤツ目にしてて。成瀬くんと二人で飲んだ時にさ、昌平くんはどうするの?って聞かれて。それを思い出したんだ。それから成瀬くん達と相談して……」


 彼の言うプロポーズのヤツとは、『プロポーズしませんか』という企画である。どうプロポーズしたら良いのか分からない人向けの、サポートプランのようなものだ。指輪の選び方とか、花束の準備とか、そういうのもひとセットになっている。そんなものがあるんだなぁ、と思っていたけれど、まさか自分がそれを使われることになるとは、思いもしなかった。


「じゃあ、陽さんも知ってるのね?」

「え、あぁ。うん。俺は出来れば、二人きりの時にって思ってたんだけどさ。なかなかそんな時間取れないじゃん。緋菜がようやくやりたいこと見つけたのに、その邪魔はしたくないし。そうやって考え込んでたら、陽さんが今日にしたら?って提案してくれて」

「なるほどねぇ。陽さんらしいね。そっかぁ」


 陽さんは、少しお節介な所がある。初めに私達が出会った時のことだって、彼女のお節介の果てである。勿論私はそれに救われた人間だから、否定することはしないし、感謝しかない。今回も、自分の晴れ舞台の日にこんなことを許すなんて。心を入れ替えたと思っている今だって、私にはきっと出来ないだろう。


「そっか……そっかぁ」

「緋菜?」

「いや、陽さんには適わないなぁって」

「それは、ホントそうだな。俺は、流石に断ったんだけどさ。きっと緋菜ちゃんは喜ぶと思うから、それなら四人の幸せな日になったら素敵じゃないって」

「何だそれ……もう、陽さんらしい」


 私が喜ぶと思われていたことについての異論はない。彼女にだけは、昌平とのことを素直に話しをしていたから。いつか昌平と結婚したい。その気持ちを知っていたのも、彼女だけだ。それを昌平に告げることはせず、そっと背を押してくれた。私はまた、陽さんに感謝をしなければいけない。


「昌平」

「ん?」


 昌平の手を握って、大きくブラブラと手を振って歩く。幸せにしてよね、と剥れてから、ベェッと舌を出した。昌平となら、喧嘩をしたって、やっていける。昌平となら、多分頑張れる。昌平さえ居てくれれば。


「いや、訂正」

「何だよ。ちゃんと幸せにしますって」

「そうなんだけど、そうじゃなくって。昌平のことは、ちゃんと私が幸せにしてあげます」

「お、おぅ」

「何照れてんの」


 煩いな、と頬を引っ張られて、少し不細工になった私を昌平が笑う。きっともう凄く幸せなんだけれど。家族にならなければ分からないことは、きっと沢山あって。それによって、喧嘩は絶対にするだろう。でも、きっと大丈夫だと思う。だって、陽さんが背を押してくれた。それは何よりも私に、安心感を与えていた。


「よし、今日は昌平の家に行こう」

「何だよ、それ。別にいいけど」

「いいじゃん、いいじゃん」


 正直に言えば、冷蔵庫の中に何もないからである。陽さんの結婚式に向けて自炊する時間がなかった、という言い訳はあるが。未だに、大して料理が出来ない。昌平の方が家事が上手いのだ。こういう時は、昌平に何かを作って貰って、酒を飲むに限る。


「結婚するならさ。挨拶に行ったり、来たりもするし……あとは家を探したりもしないと。あぁそうだ……昌平。うち、そこそこ面倒だと思うよ。兄貴二人と父親」

「お、おぉ。覚悟はしてる」

「そっか。私も行かないとね。昌平のお家」

「そうだな。まぁ、それはゆっくり考えよう。順番だとかそういうのも大事だろうし。それにちゃんと二人の将来のことも、しっかり話をしないと」


 私は昌平の横顔を見ていた。真っ直ぐにそう話す様は、意外と、綺麗だった。でも、ウダウダ悩み込む昌平だって、私は好きだ。一番好きなのは、ケーキを作っている所、かも知れないな。そんなことを思って、ふふふっと微笑んだ。

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