第二十二章

第二十二章 バレンタインの衝撃

 バレンタインの夜は、絵に描くようなモノではなかった。それとは程遠く、四人は未だ困惑の中にいる。固い決意と思わぬ告白。揺らぐ心と知る事実。恐る恐る手を伸ばては、その先にある物を必死に見ようとしていた。


 新たな挑戦に心躍らせながら、緋菜もまた不安と闘っている。仕事も資格や転職の方も、順調に進み始めた。踏み出す先が見えるだけでワクワクして、何もかも上手くいくような、そんな気すらしている。けれど、あんなに固く決めたのに、昌平に会いたくて仕方なかった。変わらなくちゃ、と焦るあまり、彼のことを考えては不安になる。その葛藤の中で、緋菜はグッと踏ん張っていた。


 思わぬ告白を受けた昌平は、眠れないまま朝を迎えた。明るくなった部屋で、もう一度アレを見返すのである。目を擦っても何しても、はっきりと書かれた言葉。腕を組んで、部屋をうろついては、溜息を零す。それから何度も、カードを見返していた。悶々としながら、昌平は瑠衣の言葉を思い出す。そして、勢いよく部屋を飛び出した。行く当ても分からないままに。


 陽は溜息を吐いた。静寂の部屋の中で、冷静さを取り戻したのである。別れるべきだと理解し、その為に何歩も進んできた。けれど、それを一瞬で引き戻すように、征嗣は優しさを見せる。自分の中に湧く感情を、陽も否定出来なかった。文人へ相談は出来ない。そもそもこの感情を、説明出来ないのだ。膝を抱え、一人で考え込む。どうすることが、正解なのか。どうすることが、誰も傷付かないのか。そう悩む陽の携帯電話が、鈍い音で鳴り響いた。


 征嗣の本心に気付いてしまった文人。彼はいつでも、陽を所有物のように扱っている。だから自分に送られてくるメールも、いつも上から目線だと思っていたのだ。けれど、実際は違った。あの愛しそうに紙袋を覗いた顔。きっと陽の喜ぶ顔を想像していたのだろう。そんな二人の時間が羨ましくて、悔しくて、壊したい。そんな感情に塗れた文人は、一人苦しみ始める。焦ってはいけない。そんな呪文だけでは、到底やりきれない程に。


 四人は、それぞれが苦しんでいた。彼らの願い。彼らの迷い。彼らの想い。彼らの未来。一体、何を求めて歩くのか。バレンタインの翌日、その思いの向かった先は。

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